その後、いったん1階に降りていた男ら3人がドシドシと音を立てて階段を上り、「娘の手足を抱えてあっという間に部屋から連れ出した」(二三男さん)。言葉を出す間もなかったという。
2日間何ものどを通らず、脱水症状で救急搬送
午後5時すぎ、奈美さんは裸はだし足のまま玄関から出され、門の前に横付けされたワゴン車に乗せられた。
「恐怖で全身が震え、ずっと涙が止まらなかった。声も出せない状態でした」
薄暗い車内で男らが談笑する声が耳に残っている。着いた先が、東京・新宿の「あけぼのばし自立研修センター」の寮であるビルの一室だった。
入れられた4階の部屋は、なぜか奥の方に2段ベッドが二つ、間隔を離して置かれていた。壁際にはシャワー室やトイレ、ベッドとベッドの間には畳敷きのスペースもあり、天井には防犯カメラのようなものが設置されているのも見えたという。
奈美さんは連れ出されたショックに加え、まるで監視するかのように同じ室内に女性職員がつきっきりでいたこともあり、何ものどを通らなかった。翌日も、その翌日も何も口にできず、頭の中が白くもやがかかったようになったという。職員から軽くほおをたたかれ、スポーツドリンクのペットボトルを唇に押し当てられた。
その日、奈美さんは意識が遠のき、救急車で東京女子医大病院に搬送された。脱水症状だった。そのまま1カ月間入院した。病院でセンターに戻るのを拒否し、どうにか自宅に帰ることができたという。
この事件をきっかけに、母は家を出て、父と一緒に住むようになった。
センター側は連れ出しや監禁行為を否定
奈美さんは最初に取材に応じてくれた3カ月後の19年8月、慰謝料など550万円を求めてセンターと職員、無断で契約した自身の母親を提訴した。
自宅から連れ出された経緯について奈美さんは「男らに腕をつかまれ、数人に抱えられるように階段を下ろされた」と主張した。だが、センター側は、裁判所に提出した書面で「女性は両親による説得を受け入れ、自らの足で歩いて車に乗り込んだ」「(女性職員が寮の部屋にいたのは)精神的な不安を和らげるため」などと、女性の意思に反する連れ出しや監禁行為を否定した。つまり、奈美さんは納得の上、自ら進んで車に乗ったというのだ。
「自立支援契約」は、母親からの相談を受けて、ひきこもっている奈美さんの状況を聞き取ったり支援内容を説明したりした上で結ばれ、違法な点はないなどとも主張した。
それから2年半に及ぶ奈美さんの苦しい闘いが始まることになる。長くひきこもり、いまも体調が万全でない彼女を、父の二三男さんがそばで支えた。