「相手の話を否定しない」「話を聞くときは、うなずき多めで」などいくつかの対話ルールがあるが、あとはひきこもり生活での不安や家族との関係などさまざまなテーマで自由に語り合う。「この日のために体調を整え、頑張って出かけてきた」と話してくれた男性もいた。そこで出て来たのが「暴力的支援」についての話題で、ひきこもりの本人を部屋から強引に連れ出し施設に入れるという、にわかには信じがたいビジネスがあるという。その存在を私はこのとき初めて知った。
引き出し屋に「拉致された」などとして被害を訴える人たちを支援する小さな集まりが都内のあるバーで開かれるとも聞き、数日後に訪ねてみることにした。この集まりを呼び掛けたのが、当事者メディアの先駆けでもある「ひきこもり新聞」を発行している木村ナオヒロさんとその仲間たちだ。いずれもひきこもりの経験者で、引き出し屋の施設から脱走したり、暴力を受けたりしたとして、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩む人の相談にも乗っていた。
2000万円もの費用を支払ったにもかかわらず、一方的に帰宅させられたケースも
この日は埼玉にある自立支援業者の元従業員という男性も参加していて、「私がいた施設では連れ出しのことを『実行』と呼び、元警察官の代表者から事前に相手を羽交い締めする方法を習った」などと自身の体験を赤裸々に語っていた。
そのバーで、声をかけてくれたのがジャーナリストの加藤順子さんだった。後に熊本で一緒になるが、言葉を交わしたのはこのときが初めてだ。加藤さんはそれまでも引き出し屋問題に警鐘を鳴らす記事をいくつも書いていたが、マスメディアの記者にもこの問題にもっと関心を持ってほしい、と考えているようだった。そして後日、加藤さんを通して会わせていただいたのが千葉県に住む30歳代の奈美さんだった。
本章では、あけぼのばしに暴力的に連れ出されたと訴える奈美さんと哲二さん(いずれも仮名)の2人の当事者、2000万円もの費用を支払ったにもかかわらず、息子が一方的に帰宅させられた上、以前にも増して部屋にひきこもるようになってしまったという両親のケースを主に紹介する。
働かないで親に悪いと思わないの
千葉県の住宅街にある一軒家。朝9時すぎ、奈美さんが2階にある自室のベッドでまどろんでいると、突然ドアが開き、知らない男たちが入ってきた。