107年ぶりの夏の甲子園制覇を達成した名門・慶應義塾高校野球部。従来の高校野球らしさとは一線を画す方針で部活動に取り組む同校の優勝に、日本中から注目が集まったことは記憶に新しいだろう。
ここでは慶應義塾高校野球部を率いた森林貴彦監督の著書『Thinking Baseball ――慶應義塾高校が目指す“野球を通じて引き出す価値”』(東洋館出版社)の一部を抜粋。高校野球の常識を革新し続ける森林監督の思考の一端を紹介する。
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その指導は「社会での活躍」につながるか
私が指導するにあたって、もっとも心がけているのは、選手の主体性を伸ばすことです。プロとして野球を続けられる選手はごくわずかですし、仮にプロ野球選手になれても、いつかは現役を引退しなければならず、監督や評論家になれるのはほんのひと握り。つまり、野球から離れたときにきちんと勝負できる人間になっていることが大事なのです。
そのためには、高校野球を通して人間性やその人自身の価値を高めていかなければなりません。この重要な2年半、3年間を野球で勝つことだけに使っては絶対にいけない。野球にしか通じない指導は、「俺の言う通りにやれ」という方法が大半でしょうから、それはやはり指導者のエゴです。こうした指導法は2、3年で結果を出すには近道かもしれませんが、選手の将来を見据えた場合、人生のプラスにはならない可能性がかなり高いと思います。そう考えると、野球だけに特化した指導法は、指導者としても幸せではないのかもしれません。
社会で活躍できる人の共通点として挙げられるのは、自分を客観視できること。自分なりのアイデアを持ち、自分自身の強みを知っていて、それを伸ばす努力ができる人は、社会に出てどんな仕事に就こうとも通用します。
考え方を増やすことは将来の可能性を広げる
さらに付け加えれば、自分で自分の幸せを理解していることも大事です。これからの社会は多様性が重視され、人それぞれ追求する幸せが違う時代になっていきます。お金、家庭、仕事のやりがい……。多様な価値観の中で、何が自分を幸福にさせるかを分かっていないと、本当の幸せはつかめません。つまり、集団の中にいて満足していると、皆と一緒にいることで生まれる相対的な価値観ばかりを重視するようになり、ふと一人になったときに、本当の幸せが分からなくなってしまうのです。大学受験や就職活動、人生の転機となる場面で、それはより顕著に表れます。