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「あなたは毒を盛られたかもしれない」と医師が診断…戦争報道に取り組む、ロシア人女性記者を襲った「体の異変」

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医師たちの仮説

 私は医者に通い続けた。医師たちは仮説を立て、検査をし、次のような結論を出した。自己免疫疾患、複雑性腎盂腎炎、全身性疾患だと。

「メドゥーザ」(※ロシアの独立系メディア)が信頼できる医師たちに連絡をとってくれた。ある医師はまたもやウイルス性肝炎の検査をした(結果は陰性)。病院から家に帰る途中で、その医師から「薬物を投与された可能性はありますか?」とメッセージが来た。「ないです、私はそこまでの危険人物ではないですから」と返事をした。

 ヤーナに話して二人で笑った。「そうよね、一番簡単な説明だよね。ロシアのジャーナリストなら、すぐに毒を盛られるってね」と彼女は言った。

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 12月12日、私はまたクリニックに行った。検査結果は新たなラウンドに入った、数値は悪化していた、ALTは7倍も高くなっている。私と医師は診察室にいた。彼女は黙ったまま紙をめくっていた。彼女が言った、「エレーナ、残っている可能性は2つ。ひとつは、あなたが服用している抗うつ剤が異常に作用し出したのかもしれないということ。でも最近薬を変えたのに同じ症状が残っていて、血液検査の数値も同じ。それから二つ目の可能性。落ち着いて聞いてね。あなたは毒を盛られたかもしれない」。

 私は笑い出した。医師は黙ったまま。「それはありえない」と私は言った。医師は、「他の可能性はすべてありえないの。申し訳ないけど、シャリテ病院の毒物科に行かないといけない」

※写真はイメージです ©iStock.com

「生き延びるチャンスは増えるでしょう」

 それから3日間、私は横になったまま考えていた。何を考えていたのか、今は覚えていない。ヤーナは、私が初日に話したことに対して、そんなのバカげてる、誤診だよ、正しい診断ができなくて、もう調べたくもなかったんでしょうと言っていた。そのあと私は黙っていた。それから「メドゥーザ」に連絡をし、どうしたらいいのか考え始めた。

 毒物検査を受けるには警察に行かなければならない。

 それで私は警察に行った。警察署から病院に送られた。病院に警官たちが来て、私と医師たちにいろいろと質問をした。

 最初の事情聴取はベルリンの刑事警察で行われ、9時間も続いた。警察官たちの関心は、私がどんな仕事をしてきたのか、どんな仕事をするつもりなのか、ウクライナで誰とコンタクトを取ったのか、いま同僚の誰とコンタクトを取っているのか、ということだけだった。10月17日と18日のことを、分刻みで思い出さなければならなかった。

 私の部屋や持ち物の放射線測定もされた。私自身も放射能測定を受けた。ミュンヘンで身に着けていた物は取り上げられた。警察は「安全のため」に私のアパートをチェックした。「なぜブラインドを開けたままで暮らしているんですか? 向かいの家のバルコニーから撃たれるかもしれませんよ」と言われた。警察官たちは、私に安全規則を遵守するようにと言った。どんな規則? 「アパートを移ること。帰宅するときはその都度ルートを変えること。タクシーを使うときは目的地まで行かず、1ブロック先で車を降りること。外を歩くときはサングラスをかけること」。「それで十分ですか?」「まあ、生き延びるチャンスは増えるでしょう」