体育の成績は「2」“最強の役”に苦労した過去
ただし、堺雅人は運動能力的には学生のとき体育の成績は「2」で、アクションが売りの劇団☆新感線の舞台『蛮幽鬼』(2009年)で最強の役を演じることになったとき相当苦労をしたらしい(※2)。
堺の身体性とは、運動神経の良さではなく、エネルギーを極限まで高めることである。たとえ、弱そうでも不格好でも全力を出し切る。猛獣に襲われて猛スピードで逃げる、あるいは不利をものともせず向かっていく小動物的な動きとでも言おうか。例えば、『VIVANT』の第1話の逃走劇、とくにクライマックス、ずらりと並んだ車のルーフの上をドタドタと走って大使館の門まで逃げる場面はアニメのようで痛快だった。
堺雅人のエネルギーの大きさを可視化したければ、アニメーション映画『プロメア』(2019年)を見るといい。声優として参加している彼の芝居に絵が影響されたところもあると言われているキャラ、クレイ・フォーサイトは、なかなか濃く、業を背負っている。いい人に見えて、あとであっと驚く変化があるのは堺の十八番そのもので、変化後の莫大なエネルギーの発露はアニメだからこその表現で凄まじい。
劇団の中心で圧倒的な輝きを放っていた
堺雅人はどうやって独特の身体性を獲得し、伸ばしたのだろうか。その軸は、彼の演劇活動にあると見る。彼が大学時代に入団した劇団・東京オレンジは、徹底した肉体訓練と即興劇を土台に、ポップでファンタジックな世界を展開し、90年代の小劇場ブームのなかで注目されていた。たとえ物語が飛躍していてよくわからない観客がいたとしても、俳優たちがその瞬間、躍動していることに目を奪われる。その演劇で、常に中心に立ち、圧倒的に輝いていたのが堺だった。彼の明晰なセリフを聞いていれば、物語の流れがわからないということもなかった。
堺がもたらした、テレビドラマの可能性を広げる瞬間
90年代の小劇場ブームで人気を博した俳優に古田新太や上川隆也や佐々木蔵之介がいる。彼らは00年代以降、テレビドラマで活躍していく。堺もそのひとりだった。
ただ、彼らが得意とする作品は、日常を丁寧に等身大で描くものではなく、スケールが果てしなく大きい、荒唐無稽な作品で、到達できそうにないイマジネーションに表現を到達させるものであった。となると日常の恋愛ドラマやホームドラマでは役不足(「力不足」と混同されるが、その反対で、力量に比べて役が軽い意味)。
そんなとき、堺は『リーガルハイ』や『半沢直樹』と出会い、自身がやってきたことを、脇役としてではなく、中心人物としてうまく活かすことができた。古美門研介や半沢直樹を演じる堺雅人は水を得た魚のように生き生きして見えた。
堺のような俳優によって等身大を超えたものを楽しむドラマが人気になったのか、そういうドラマにたまたま堺がハマったのかはわからないが、テレビドラマの可能性を広げる幸福な瞬間が訪れたのだ。