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 そのKは、名門の出で、あちこちに親戚を持っていた。Nという超有名な外科医が伯父さんとかで、勝手にコースを決め、翌日の朝には、N教授のいる病院へと行くことになっていた。

 そして翌朝。行くと同時に検査。そして手術が決まってしまった。

©文藝春秋

「酒、女、タバコ。この際どれか1つをやめて下さい」

 映画時代の親友Kは、よほど教授と仲がよかったものと思えた。彼は、私の手術に立会って写真をとりまくっていた。

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 手術が終わり、私が麻酔からさめると、Kが枕もとにいた。

「ははは、終わったよ。すごいもの、体の中に抱えていたんだね。先生、感心してたよ、よくぞ貧血でぶっ倒れなかったものだと。おれ、先生の手術、初めて見せて貰ったけれど、カッコよかったよ。こうメスを持つだろう、そしたらみぞおちにブス、それからへそまで一気に引くんだ。まるで魔法さ。見るかい、写真が上がってきてるんだ」

 と、Kは袋に入った写真を手渡してくれた。

 初めて見る自分の体の中。

 患部は、きれいに開かれていた。がんの元凶は、卵の大きさだった。出血し続けていたので、色は赤黒く、他の部分と比べると、いかにも病気の大もとと見えた。

 しかもだ、その患部のまわりを、白い球が取囲んでいた。リンパ、だった。まるで、アラモの砦だった。

 N教授がやってきた。

「悪い所は、すべて取り除きましたからね。安心して、生活して下さい」

「有難うございました」

「それで、1つお願いがあります。男には、いろいろと道楽がありますね。酒、女、タバコ。この際どれか1つをやめて下さい」

「じゃあ、酒にします」 

「タバコは無理ですか」

「作家ですから。紙に向かうと、どうしても欲しくなります」

「では、酒。約束ですよ」 

「はい」

 それで私は禁酒することになった。

「それから、過激な運動、1年間は控えて下さいね」

「乗馬は、どうですか」

「1年間は無理。腸捻転の怖れがあります。ま、お大切に」

 N教授はそう言って、白衣をひるがえして出て行った。

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精一杯生き抜くことは、薬よりよっぽど良い

 抗がん剤。

 などなど、転移を防ぐものが考えられている。しかし、私は、一切、受入れなかった。退院と同時に、この病院からきれいさっぱり去りたかった。

 がんは、人に命について考える機会を与える。私だって、あと何年生きられるだろうかと考えた。

 けれども、待てよ、と思った。

 がんが出来ることは、自分の体には、それに反抗する力もあるはずだ。中には、笑うことが、免疫力を高めるという人さえいる。

 よし。向後、懸命に生きることだ。 

 素朴に、生き生きと。

 精一杯、生き抜こうとすることだ。すると免疫力も高まり、薬などよりよっぽどいいに違いない。 

 生きよう。もっと熱く。

 私は、そう決心したのだった。