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 マスクは会議の合間の休憩時間にあちこちをうろつき、社員から話を聞いてみることにした。在宅勤務の人が多いため、水曜午後のおやつ時だというのに人の姿がほとんどない。

 ようやく、20人ほどが10階のコーヒーバーにたむろしているのを見つける。だが、みな怖いのか、マスクには寄ってこなかった。案内スタッフが声をかけるなどして、話をすることができた。ある女性が、みんなが気にしていることを尋ねた。

「我々の75%をクビにされるおつもりなんですか?」

 マスクは、その数字は自分が出したものではない、でたらめだと言った。

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「ただ、これからがんばらないといけないのはまちがいありません。景気は後退していますし、コスト以下の売上しかあげられていません。ですから、お金をもっと儲ける方法かコストを減らす方法をみつける必要があります」

 コーヒーバーから会議フロアに戻ると、すでにそこはマスクの会社のテスラ(電気自動車)やスペースX(宇宙開発)の忠実な技術者たちが占拠していた。マスクの指示を受けて、とどめるに値する社員を洗い出すためである。銀行の担当者と弁護士もおり、臨戦態勢という雰囲気だった。

 そして、買収クロージング予定の前日。マスクは大胆不敵で無慈悲な作戦に出た。クロージングを予定より早めることで、現CEOと現幹部らをクビにして、ストックオプションと退職金を受け取れないようにしたのだ。ツイッター経営陣にミスリードされて、440億ドルという高い値段で買わされたと感じていたマスクなりの仕返しだった。

 その夜、マスクはスペースXのファルコン9打ち上げを見届けた数分後には、製品(ツイッター)をいじりはじめる。そしてログイン画面を変えようと思い立ち、すぐにツイッターの技術者へメッセージを送った。

自分の子供を抱きかかえて笑顔を見せるイーロン・マスク ©時事通信社

 インド里帰りから戻る途中だったその技術者は「月曜日に出社して直します」と返信する。しかし「すぐやれ」と言われ、帰りの機内のWi-Fiを使い、その夜のうちに修正を済ますことになった。

 それまでツイッター社には、新しい試みを決められる人が誰もいなかった。けれども、マスクは現れるなり次から次へと決断を下していった。

「私は異次元の拷問を自分に科してます」

 マスクはリストラの進め方も容赦がなかった。2500人いる技術陣が、平均するとコードを1日に3行も書いていないことを把握すると、技術陣の90%(!)を減らすという目標さえ掲げた(コーヒーバーでの女性社員との会話から3週間後には、「75%をクビ」との数字は正しかったと証明されることとなる)。

 しかし同時に、ツイッター再建に奮闘するマスクに次々と試練が襲う。

 ツイッター上での検閲に反対だというマスクの公言を受けて、本当かどうか試そうというトロールや扇動家やボットが差別発言を大量にツイート。マスクは、ツイッターから逃げようとする広告主への対応に追われた。ツイッターブルー(新しい認証システム)を採用した際にも大炎上した。

 買収から2週間。マスクはツイッター本社に詰め、寸暇を惜しんで仕事を続けていた。テスラ、スペースX、ニューラリンクの仕事もしつつ、である。けれども広告引き上げ、重なる大炎上などで、心身ともに疲れ切っていた。

「ツイッター地獄からどこかで抜け出したいよ」

 と、弱音を吐くことも。そして、さらにはこうも言ったという。

「私は異次元の拷問を自分に科しています」

イーロン・マスク 上

ウォルター・アイザックソン ,井口 耕二

文藝春秋

2023年9月13日 発売

イーロン・マスク 下

ウォルター・アイザックソン ,井口 耕二

文藝春秋

2023年9月13日 発売

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