2022年度の通期決算で、モバイル事業の営業損益は4928億円の赤字……。現状は多くの日本人から「失敗事業」と捉えられている楽天モバイル。しかし同事業の成功を、三木谷浩史が信じる理由とは? ノンフィクション作家の大西康之氏の新刊『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』(小学館)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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商談
2023年2月27日、スペイン・バルセロナで世界最大の通信ビジネス国際見本市「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)」が始まった。
会場の「フィラ・デ・バルセロナ」は36万平方メートルという広大な敷地に巨大なホールが立ち並ぶ。MWCには毎年、世界200ヵ国から6万~8万人の通信事業の関係者が集まり、最先端のテクノロジーを競い合う。
午前11時15分、「楽天グループ」会長兼社長の三木谷浩史を乗せた黒いベンツのワンボックスカーがVIP受け付けの車寄せに滑り込んできた。初日ということもあり、入り口は黒塗りの車でごった返し、三木谷の到着は予定より少し遅れた。
三木谷を出迎えたのは、2022年にグローバルセールス・マーケティング統括として楽天グループに加わったラビー・ダブーシ。米通信大手「シスコシステムズ」の幹部でスマートシティ戦略を推進してきた。シスコ中興の祖ジョン・チェンバースの懐刀だったが、チェンバースが引退するとき、シスコの同僚だった楽天グループ副社長、平井康文の誘いで「楽天モバイル」に移籍した。世界の通信業界で、このジェイソン・ステイサム風のスキンヘッドの男を知らない者はいない。
三木谷は会場で待ち受けていた広報担当者に手渡されたミーティング資料に目を通しながら、人の波をかき分け猛烈なスピードで進む。後ろから三木谷の秘書が駆け足で追いかける。突然、三木谷が振り向く。
「えっと、この人のファースト・ネームはなんだっけ?」
「こちらです」
すかさず広報がファイルの当該ページを指す。
「これ、なんて読むの?」
欧州の携帯電話大手のCFOだ。楽天モバイルのブースに到着すると、楽天モバイルCEOのタレック・アミンと楽天シンフォニーのアメリカ支社長、アジータ・アルバニが待ち構えていた。アミンはヨルダン出身で米国、インドの通信大手を渡り歩き、「携帯電話ネットワークの完全仮想化」という画期的なアイデアを携えて2018年に楽天入りした。優雅にブロンドを靡かせるアルバニは、フィンランドの携帯大手「ノキア」でイノベーション事業を担当していた。
4人は一言二言、言葉をかわすと、顧客が待つブースの会議室に入った。
「お待たせして申し訳ありません。車がものすごく混んでしまって」
三木谷はいつものように英語で商談を始めた。
MWCの楽天ブースで次から次へと商談をこなしていた三木谷は、一瞬だけブースの部屋から顔を出し、筆者に声をかけてきた。
「連れション行かない?」
個別インタビューの時間が取れないから、三木谷なりに気を遣ったのだろう。2人でトイレを目指す。