『サラリーマン球団社長』(清武英利)は、負け癖のついた球団の再建に挑んだ異端者たちの物語である。
野崎勝義は野球の素人であったにもかかわらず、阪神電鉄で旅行営業から阪神タイガースへと出向となり、波乱のサラリーマン人生を送ることとなる。
知将は怒った。「優勝など程遠い」
タイガースの歴史の中で、3年連続最下位という不名誉な記録を残して球団を去った監督は、野村克也ただ一人である。1999年からの3年間を黒歴史という人もいるが、野崎は必ずしもそうは思わない。
外様の知将を迎えたタイガースのフロントには、致命的な欠陥があった。外様だから言えたのだろうが、野村は、これまたぬるま湯に浸かった選手やコーチをぼろくそに言い、中核組織である編成部のスカウトたちの問題点をはっきりと指摘した。さらに改革を阻む強力な派閥がチーム内外にあることを挙げて、編成部や派閥と決定的に対立したのだった。
野崎は前監督の吉田義男の一言で、その病巣を意識した。スカウトや編成幹部が出席した会議の席上で、真ん中にいた吉田がアマチュア選手の名前を挙げて、「彼を獲ってもらいたい」と言った。すると、スカウトたちがあっさりと拒んだ。
「その選手は見てないから獲れません」
野崎はびっくりして吉田の苦い顔を見た。
――アマチュア選手を視察するのがスカウトたちの仕事だ。それを見ていないということがあるんか?
実はタイガースのスカウトはドラフト会議で指名されるような選手の、ごく一部しか視察していなかったのである。