編成会議に、俺はもう出ない

 一方の野村は就任2年目にして、「編成会議に、俺はもう出ない」 と言い出した。1年目の野村阪神は最下位に終わっていた。彼は野崎たちに「このチームはわしではあかんな。選手が言うことをきかんわ」と漏らした。それでも野村への期待から入場者総数は前年より62万1000人も増え、2年ぶりに200万人を突破している。

 ――編成部長は言うことをきかん。俺が気に食わんのだ。

 野村は、それは今に始まったことやない、と思っていた。彼は前年にタイガース球団社長を交え、編成部長と2、3時間、チームの編成やスカウトについて話をした。野村の口調は説教に近かった。

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「阪神のドラフト戦略は、そもそも1位、2位に対する考え方が間違っている。即戦力を頼んでいるのに、これでは優勝など程遠い。君ら編成の者は『現場が育てていない』と言うが、過去10年間、ドラフト1位が1軍に定着していないということは明らかやし、このあたりに他球団との戦力格差の原因があるんやないか」

 野村によると、それ以来、編成部長は自分の所に顔を見せなくなった。

阪神甲子園球場©文藝春秋

派閥がはびこっています

 野崎は専務に昇格してから1か月後、関連会社を所管する電鉄本社常務の宮崎恒彰のもとを訪れて、「私たちはフロントの弱点、特に戦力補強面での欠点を把握しました」と抜本改革への協力を訴えた。宮崎はのちに本社専務兼タイガースオーナーに就いた温厚な人物で、野崎の同期である。

「長い間スカウトについて内部に入り込めませんでしたが、球団には派閥がはびこっています。球団経営者に長期的な戦略の観点がなかったことや、比較的短期間に次々と交代をしていたからです。出向社員以外のスタッフにとって、自分たちの身分を保全する最善の方法は、実力者の庇護のもとに入ることで、派閥が増殖したのではないでしょうか。

 野村監督が就任してから球団を取り巻く弱点が様々に掘り起こされ、抜本的に球団運営を改革するためには派閥を解消させることが何より必要であると認識しています。今までなかなか手が出せなかった分野ですが、今回こそは何とか対処しなければならない状況にあります」

 その訴えがようやくオーナーたちの心に届こうとしていた。