さらには、芸達者だった三代目中村歌右衛門は、本人に関する書籍だけではなく、贔屓たちの熱心さを番付で評価する本『中村芝翫贔屓花実地(なかむらしかんひいきはなみち)』が出版されるほどでした。
推しのためなら観たこともない戯曲を読み込む
また、昭和50年代に活動した、五代目坂東玉三郎と片岡孝夫(現十五代目片岡仁左衛門)の「孝玉」を応援する「T&T応援団」という私設ファンクラブのチラシも紹介しています。当時大学生だった女性を中心に、東京や名古屋のファンが始めた活動で、推しへの敬愛にあふれています。彼女たちは孝玉を活かす演目を研究し、「鶴屋南北作品を孝玉でみたい」と松竹に熱い要望を出すほどでした。
児玉 一昨年、36年ぶりの再演でチケットが取れないと騒がれた『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)』ですね。推しのために、観たこともなかった鶴屋南北の戯曲を読み込むのだから、すごい。彼女たちは、昭和58年3月に、『助六曲輪初花桜』で、片岡孝夫が花川戸助六(実は曽我五郎)を、坂東玉三郎が三浦屋揚巻を演じた伝説の舞台を最後に、「もう役者として立派にやっていける見極めができた、と思って」(『花のひと』宮辻政夫、毎日新聞出版社より)と活動を休止しました。「推しの鑑」と言っていいでしょう。
※室町時代から続く推し活の歴史や、宝塚や劇団四季とスターシステムの関係など、対談の全文は、『週刊文春WOMAN2023秋号』でお読みいただけます。
児玉竜一(こだまりゅういち)/早稲田大学教授。国立東京文化財研究所研究員などを経て現職。編著に『能楽・文楽・歌舞伎』、共編著に『映画のなかの古典芸能』など。朝日新聞で歌舞伎評を担当。
赤井紀美(あかいきみ)/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館助教。学習院大学大学院博士後期課程単位取得退学。専門は日本近代文学、演劇。東京文化財研究所客員研究員を経て現職。
INFORMATION
2023年度秋季企画展
「没後130年 河竹黙阿弥―江戸から東京へ―」
会期:2023年10月2日(月)~2024年1月21日(日)
会場:早稲田大学演劇博物館 2階 企画展示室
https://www.waseda.jp/enpaku/ex/18259/
特別展
「太田省吾 生成する言葉と沈黙」
会期:2023年10月2日(月)~2024年1月21日(日)
会場:早稲田大学演劇博物館 1階 特別展示室
https://www.waseda.jp/enpaku/ex/18255/
text:Hiromi Aizawa 写真提供/早稲田大学坪内博士記念演劇博物館
【週刊文春WOMAN 目次】特集 推し活のない人生なんて/香取慎吾「推される人生」を生きる/松本隆の華流ドラマ論/岡村靖幸×よしながふみ/グライムスが明かすイーロン・マスク
2023秋号
2023年9月21日 発売
定価660円(税込)