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酒井 やはり他人の不幸って、読んでいて面白いですものね。でも不幸運しかないのも駄目で、特に高野さんのようなノンフィクションを書く方だと、同時に幸運にも恵まれていないと作品が完成しない。あとは、刺繡布「マーシュアラブ」の発見と、布の成立についての高野さんの推理も興味深かった。

水と空と葦の世界で、どうしてこんなにカラフルな布が

高野 コロナ禍で足止めをくらっているときに偶然目にしたのですが、僕も「マーシュアラブ」の存在を知ったときは驚きました。水と空と葦しかない世界でどうしてこんなにカラフルで華やかな布が作られたんだろうと。しかも刺繡で描かれている図柄も独特で、あのアフワールのどこでこんなものが作られているんだろうと、俄然好奇心がわいてきました。

酒井 他では見られないような刺繡ですよね。

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カラフルで華やかな「マーシュアラブ」

高野 「マーシュアラブ」は、女性が作るものだから、地元では価値がないものとされているわけです。男性は作り方もよくわかっていないし、そもそも興味がない。情報は内部の女性だけが持っている。研究する人もいない。僕は常々、自分にとって最大の異文化は女性だと言っているんですが、「マーシュアラブ」のように女性の間だけに伝わってきて、世界に知られていないものはまだ他にもあるのではと思っています。

酒井 私も時々刺繡をするんですけど、針と糸に集中していると、“無”になれるんです。心のなかの雑多なものを追い出して、忘我の領域に到達する。だからキルトとか刺繡は、女の不幸が作り出すと思っています。忘れたい現実が目の前にあるから、刺繡に打ち込む。「マーシュアラブ」を作った湿地帯の女性たちもそうだったんじゃないでしょうか。こういった昔ながらの社会だと、とにかく女性が働かなきゃならないですよね。

女性たちが作る伝統的な水牛のチーズ

高野 そうですね。男は本当に働かないです。お茶をのみながら、ダラダラ政治談義とかしている。

酒井 そのかたわらで女性たちが甲斐甲斐しく働いている。湿地帯では、水牛の世話も女性の仕事ですか?

高野 水牛は男女両方で世話をしていますね。乳搾りは男性がしますが、そのあとの大変な加工作業は主に女性の担当。