ロシアのウクライナ侵攻開始からもうすぐ2年を迎えようとしているが、いまだ世界各国の対立や緊張は収まるところを知らない。「ロシアは核保有国のひとつだ」というプーチン大統領の脅迫ともいえる声明に対し、唯一の被爆国である日本は「核」とどのように向き合っていけばいいのか。
ここでは、世界の核報道をリードする専門記者が著した『核の復権 核拡散、核共有、原発ルネサンス』(角川新書)の一部を抜粋。日本と核をめぐる歴史の概観を紹介する。
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議論の始まり
1945年8月に広島、長崎で原爆が使われて以降、77年間に及び「使ってはいけない兵器」とされていた核兵器。2022年は、それが「使えるかもしれない兵器」に転じた年となった。
きっかけは2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻だ。ロシアのプーチン大統領は開戦を宣言した2月24日の演説で「ロシアは核保有国のひとつだ」と発言し、侵攻を邪魔立てする国々には核兵器を使い報復する構えを見せた。もしかすると、これは歴史の分岐点となるかもしれない。私はそう受け止めた。
これまでも各国のリーダーが核兵器を脅しに使った例はある。例えば、トランプ米大統領は17年、北朝鮮が米国を射程内に捉とらえる大陸間弾道ミサイル(ICBM)実験を重ねた際に「北朝鮮を完全に破壊する以外選択肢はない」と、核兵器による報復を示唆。さらに18年1月にも、金正恩・朝鮮労働党委員長が執務室の机に「核のボタンがある」と挑発すると、トランプ氏は「私の(ボタンは)は彼のよりももっとずっと大きくパワフルだ。そして私のボタンは機能する」と応酬を重ねた。
「核戦争には勝者はいない」核兵器保有国は共同声明を発表していた
プーチン氏、トランプ氏、金氏の発言は、いずれも核兵器を脅しに使う点では変わりない。ただ、プーチン氏の発言は実際にウクライナに武力侵攻を始めた際に飛び出したという点で、より重たい発言だ。核兵器保有国の指導者が、ここまで露骨な表現で核兵器を脅しに使った例はこれまで無い。
実はそのプーチン氏は、侵攻2カ月ほど前に正反対のメッセージを世界に向けて発出していた。米ニューヨークの国連本部で開幕する核拡散防止条約(NPT)再検討会議(新型コロナ禍を受けて22年1月から8月に4度目の延期)の直前、米英仏中の核兵器保有国とともに連名で「核戦争には勝者はいない」との共同声明を発表していた。
唯一の戦争被爆国である日本の人々も、プーチン発言に激しく動揺する。その代表例は、ロシア軍の侵攻開始から3日後の2月27日にあった自民党の安倍晋三元首相の発言だろう。