しかし、そんな命をかけた決意も、どこかへ消え飛んでいた。命あるものどうし。そうじゃないか。血が温かいものどうし。
クマは、後退した。
そして次に、尻を向けてきた。目の前。陰部があった。その上部に赤い花が咲いていた。棒状の女性自身が、左右に開き、ハマナスの花みたいだった。
花と鼻
周りには誰もいなかった。ヒグマと私。二人だけ。
クマは、頭を下げぎみにしている。そして尻から私に近づいている。
私は、両手を前にして、その尻を押す恰好になっている。目の前に、赤い花が。
至近距離。
――きれいだ。おい、何てきれいなんだ。
私はつぶやいている。
ひだがあった。そこに走っている毛細血管は、太かったり、細かったりするのだろう。血管から見える血の色が微妙に違っている。
花――。
それも栽培種のバラなどではなく、強いてなぞらえるなら、ハナマス。海浜で潮風に身を任すハナマス。
ああ、律動。
花びらと違って、クマのものは、表面にゆるやかな動きがあった。内から外へ。外から内へ。何のためのものか分からない。ゆるやかで秘密めかした動き。
私は、幼い頃に母に聞かされた、人間の処女膜のことを思い出していた。
母は、助産婦で看護婦だった。両方の試験に合格した後、大きな産婦人科の病院につとめていた。
ある日、2人だけの折、「マアちゃん」と私の名を呼んだ。
「あんね、処女膜というの、ほんまきれいかとよ。こうピンクで、ぴいんとしていて、ほんま、何というか、人の体ん中で、いちばんきれいかぁ」
もちろん、私は見たことはなかった。
「ほんまね。そげんきれいかと?」
見たいとは思ったが、それは禁断の美であった。憧れだけが心に焼きつき、その時に思い描いた絵は、いつまでもいきいきと残っている。
私は、クマの花に、キスしたい衝動に駆られた。
顔を近づける。
プーンと。
生ぐさい臭いがした。
え、え、と思う。これが発情臭なのか。
いや、ちょっと違う。
私は、馬や牛、羊や犬など数多くの動物の発情臭を嗅いでいた。それとは違っていた。
えーっと、強いていうなら、血だ、血の臭い。
――お前、出血しているのか。
中をのぞきこんだ。
出血している気配はなかった。
その時だ。