1ページ目から読む
3/5ページ目

 クマは、尻をどーんと押しつけてきた。

 私の顔。ベタリ。

 鼻が、花芯に食い込む形になった。

ADVERTISEMENT

 クマは、そのまま、押してきた。

 私は両膝を立て、壁に寄りかかっていた。相手は、構わずぐいぐい。

 おい、やめろ。

 と言いたいのだが、鼻が埋没していて言葉にならなかった。

クマにまたがり

 クマは、横顔を私の肩にこすりつけて甘えた。細く、低い声でないている。小さな、小さななき声だ。

 ヒィー、いや、ウウー。

 そうでもないか。

 耳では聞きとれない小ささである。クマに接している部分に、それは震動として伝わってきた。

 クマに発情が訪れ、私はやっと心の底からほっとする平和な生活を取り戻していた。

 もう、咬まれる心配をすることもなかった。まるで、大きな犬と暮らしているようなものであった。

「おい、重いぞ」と、私は言う。大きな体をもたせかけていたクマは、そのひと言で、すっと身を避ける。

「いい子だ。利口になったな」と、私は頭をなでてやった。

 発情期がきたらどうするんだ。

 無理すんなよ。殺されるぞ。

 何度も何度もそう脅かされていた。そんなものかなと思い、私もある程度のことは覚悟していた。だが、事実はまったく逆だった。

 クマは、おとなしくなった。やさしくなった。

 私は作家だ。文章を書いて暮らしている。仕事をないがしろにするわけにはいかなかった。クマ舎を作るのにも、家一軒分の費用がかかっている。その借金を返すために、仕事を減らすわけにはいかなかった。

 クマと遊んでいて、ふと、書きかけの原稿が浮かぶ。クマが両手で私を引き寄せる。

「うるさい。ちょっと待て」

 邪険に払いのけ、すぐ反省した。

 いかん、いかんぞ。クマが、おれの仕事が分かるわけがない。

「ようし、よしよし、さぁ、くるか」

 私はクマの胸に顔をうずめた。

 クマ舎には、ものを書くスペースが作られていた。机、ストーブ、ベッド。

 そこには、クマは入れなくしてあった。でも、前足だけが差し込める隙間が用意されていた。私が座る。クマに背を向けて執筆を開始する。すると、クマは前足を伸ばし、爪で私のベルトをつかんだ。それだけで満足してくれているのが不思議だった。

 クマの尻に咲く花は、見事さを増した。

 私が運動場に出る。すると怪力で制し、私を座らせてしまう。

 そして花をぐいぐいと圧しつけてきた。

 私は顔をつけたまま、じりじりと立ち上がった。そしてクマを後ろから抱く恰好になった。次に、全体重をかけてみる。びくともしない。ようし、それならと上に這はい上がった。

 足が地面から浮いた。

 乗った。乗っているのである。

 クマにまたがり……という童謡があったなと思う。そうだ、金太郎。

「さぁ、歩け。歩いてみろ」