最初に異変を感じたのは5月だった。対局の翌日、娘を遊園地に連れて行ったのだが、朝の電車がなんだか気持ち悪い。

 もともと乗り物酔いに強いとは言えない体質な上に、対局の翌日という無謀なスケジュールである。おまけに今年の5月は、とても5月とは思えないような暑さで、常にじっとりと気持ちの悪い汗が止まらなかった。

 疲れかなぁ、暑さかなぁ、と、なんとかごまかしごまかし、少し早めに帰路についた。

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旅行で行った海。なぜか海の中が一番元気だった ©上田初美

冷房による気温差で電車に立って乗ることが難しくなる

 それからしばらく、普段の生活は問題なく過ごせたが、少しずつ、対局や仕事へ向かおうとすると体調がおかしくなることが増えていった。どうやら外の暑さと室内の冷房による気温差が、私にとっては大きなダメージとなり、自律神経を蝕んだらしい。

 特にキンキンに冷やされた電車は外出の最初にして最大の難関となり、それまで元気でも一度スイッチが入ってしまうと、冷や汗が止まらず、お腹は痛くなり、手足に力が入らなくなる。

 6月になると、朝の時間帯に立って電車に乗ることが難しくなった。いつも乗っていた電車ではなく、確実に座れる少し前の電車に乗ることにした。電車から降りると少し回復するため、気分が悪くなったらいつでも降りられるように、急行ではなく各停に乗ったり、1本で行けるところを3本の電車を乗り継いで行ったりするようなこともあった。

体調が悪くても対局中に妥協をすることは許さない

 こんな調子なので7月8月は対局以外の仕事をほとんど入れなかった。そもそもちょうど娘たちが夏休みということもあり、それはそれで別の意味で忙しい。

 それでも対局は、ほぼ週に1局ペースでついていた。対局中、特に終盤の心臓がバクバクするような感覚が、当然健康に良い訳もない。今まで受け止められていたその緊張感が、少しずつ受け止められなくなっていく感覚が強くなっていった。

 対局中も体調が良くないことが多かったが、そんな状況でも勝ちを目指して将棋を指していて、それには自分でも少し驚いた。ウッカリなどのポカは別として、体調が悪いからと「これくらいでいいか」と意識的に妥協をすることを、意地でも許さない勝負師の自分自身がいたのだ。長年の習性というか、自分の根本にあるものは変えられないのだな、と思った。