何人もの患者が術後に死亡していたことが発覚した群馬大学病院と千葉県がんセンターの事件は、社会に大きな衝撃を与えた。その事件でクローズアップされたのが、腹腔鏡手術の危険性だ。なぜ肝胆膵がん手術では慎重であるべきなのか。腹腔鏡手術の乱用に批判的な梛野医師に聞いた。
梛野正人(名古屋大学大学院医学系研究科腫瘍外科学教授)
1979年名古屋大学医学部卒業。1991年に同大医学部第一外科助手。その後、同教室の講師、助教授を経て、2007年から現職。
――梛野先生は腹腔鏡手術に慎重なお立場です。まず、その理由を教えてください。
腹腔鏡手術は一般論として傷が小さくて痛みが少なく、開腹手術に比べ術後の回復が早いというのがウリです。しかし、お腹を大きく開けてする開腹手術と同じことを、お腹を小さく切って、なんとかやっているのに過ぎません。つまり、腹腔鏡でないとできないわけではないのです。まず、この事実を押さえておくことが大切です。
確かに、胃、大腸では安全性が確認されて、一般的になりつつあります。しかし、肝胆膵がんは開腹でも難しい手術が多いのです。がん手術は安全性と根治性の両方を満たして初めていい手術と言えますが、腹腔鏡だとどちらも難しい。とくに高難度手術では、この手術を一般化するのは、現時点で無理だと私は思います。
――にもかかわらず、あのような事件が起こってしまいました。
群馬や千葉の事件は、自分たちの力量を見極めずに、手に余る症例に手を出した。未熟の一言に尽きます。
ふつう、あんなに何人も続けて患者さんが亡くなったら、手術は続けられません。1例でも亡くなったら落ち込んで、メスを握るのが怖くなるものです。なのに、学会でも平気で「腹腔鏡は安全」と発表していました。腹腔鏡をやめようと思うのが通常の感覚のはずですが、精神構造がわかりません。上司も少なくとも3例死亡例を出した時点で、ストップをかけるべきでした。関係者は厳しく糾弾されるべきだと思います。
ただ、私の知っている外科医のほとんどは、まじめに謙虚な態度で手術に臨んでいます。あんな、患者さんの命を軽視する外科医ばかりだと誤解しないでほしい。それだけに、残念です。
――肝胆膵がんでも、腹腔鏡で比較的安全に手術できるものはあるのでしょうか。
原発性肝がんや転移性肝がんの部分切除と外側区域切除、あるいは膵の良性腫瘍に対する膵尾部切除なら、腹腔鏡でも比較的安全にできると思います。ですから、腹腔鏡手術を全否定するつもりはありません。私たちの施設でも、適応を絞って腹腔鏡手術を実施しており、5年で100例ほど行いました。といっても、腹腔鏡手術を適用したケースは、肝胆膵がんのうち1割以下です。