腹腔鏡に名人は要らない
ただし、誤解してほしくないのですが、胃がんや大腸がんに限ると、開腹手術に比べて腹腔鏡手術が危険というエビデンス(証拠)はどこにもありません。開腹手術は傷が大きいため術後の癒着が多く、腸閉塞になりやすいという難点があります。だから、開腹手術に代わって腹腔鏡手術が普及したのです。
それに腹腔鏡手術は、医療をいい方向に変えていきました。むかし開腹手術が主流だった頃は、医療界の学閥や派閥の壁が強く、同じ大学出身でないと手術見学もしにくい状況でした。それに開腹手術の場合は、執刀医と前立ち(執刀医を補助する医師)くらいしか、どんな手術をしているのか見えませんでした。執刀医が「こうだ」と言えば、「こうなんだ」と思うしかなかったのです。
これに対し、腹腔鏡手術なら手術室にいる人全員がモニターでどんな手術をしているのか見ることができます。疑問点があれば見ている人全員が指摘できるので、だれもがイーブン(平等)な立場になれます。その結果、学閥や派閥の壁も自然に消えていきました。
その人しかできない「名人芸」のようなところもあった開腹手術と違って、腹腔鏡手術はきちんとトレーニングを積めば、外科医ならだれでも技術を習得できます。なので「腹腔鏡には名人・達人は要らない」と言われるようになってきました。
「その人しかできない手術」というのは、今では時代遅れなのです。ただし、手術数や実績などに基づいた施設間格差は厳然とあります。だからこそ、病状に合わせて妥協せずに病院を選ぶことが大切なのです。
――では、どうすれば適切な病院を選ぶことができるでしょう。最後にアドバイスをお願いします。
がんと診断されたらパニックになって、自分で考えたり、探したりする余裕がなくなる人が多いと思います。実際に最初に診断された病院で「手術しましょう」と言われて、選ぶ時間も余裕もなく、そのまま手術する方もおられます。ですが、がんだからといって、すぐに命を落とすわけではありません。まずは時間をおいて落ち着きを取り戻し、誰かに相談することが大切だと思います。
今は、本屋さんやインターネットで探せば、たくさんの医療情報を手に入れることができます。ただ、高齢の患者さんはネットに慣れていない方が多いので、ご夫婦だけで調べるのは難しいでしょう。ですからぜひ、お子さんやご親戚、ご友人に相談してください。きっとネットで適切な情報を調べてくれるはずです。
また、医師選びでは、直感も大切だと思います。「この医師はどうも信頼できないな」と思ったら、「手術します」と即答するのは避けたほうがいい。
それから、質問は具体的にしてみてください。たとえば、自分の手術はどれくらい危険なのか、人工肛門になる確率はどれくらいか、入院期間は何日ぐらいになるかといったことです。こうした質問にきちんと答えてくれない外科医のもとでの手術は断ったほうがいいでしょう。