1ページ目から読む
3/4ページ目

太陽の光に涙が止まらず

 取り調べはその後も続いた。調べが終わっても、本は読めず、テレビもない。紙やペンの使用も禁止。何もすることがない。話し相手はおらず、食事とシャワーの時間以外は、ただベッドにじっと座っているだけだ。

 運動は許されていた。歩けとよく言われたが、小さな部屋の中の往復のみだ。他に許されたのはベッドに手を置いた腕立て伏せと柔軟体操だけだった。鏡もなく、自分の姿さえ見ることができない。食事が入っているジャーのステンレスの皿にぼんやり映る自分の顔を見ていた。

 頭がおかしくなりそうだった。拘束された日にうっとうしいくらいだった太陽が、ひたすら恋しい。一度でいいから見たい。拘束からおそらく1カ月ほどたったある日、私はその思いを老師に伝えた。

ADVERTISEMENT

「太陽を見させてくれませんか」

「協議するから待て」

 翌朝、老師が502号室に来て、「15分だけならいい」と許可してくれた。部屋から廊下に出されると、窓から約1メートル離れた場所に、椅子がぽつんと置かれていた。座ると太陽が視界に入った。

「これが太陽かあ」

 涙が出てきた。もっと近くで見たい。窓際に近寄ろうとすると、席の後ろにいた男に「ダメだ」と制止された。窓からは建物の周囲が見えるからだろう。すべてが秘密に包まれた場所だった。

「終わり」

 15分後、無情な声が廊下に響いた。太陽を拝めたのは、7カ月の居住監視生活でこの1回かぎりだった。

北京市国家安全局の内部の様子(著者提供)

日本政府が中国政府に拘束された報道を認める

 私が拘束されたことは、毎日新聞では同年7月28日付朝刊で以下のように報道された。

 東京都内の日中交流団体の幹部を務める男性が今月中旬に北京を訪れた後、連絡が取れなくなっていることが分かった。日中関係筋によると、スパイ容疑で中国当局の取り調べを受けている可能性もあるという。

 関係者によると、男性は今月10日ごろに北京に向かい、15日には帰国する予定だった。だが、27日になっても勤務先に連絡がない状態という。中国では昨年、浙江(せっこう)省などでスパイ活動をしたとして、日本人の男女計4人が拘束された。

(2016年7月28日付毎日新聞朝刊)