秒読みの声が迫る中、△5七銀と王手でさらに銀を打つ。皆が「うん?」と首をかしげる。この銀を取らせて攻防に利いていた角を盤上から消せるものの、押さえの歩まで消えてしまっては、永瀬玉が捕まらなくなるのではないか。
再び流れが変わった。永瀬は逃げようとする藤井の竜を追い立てはじめる。歩、香、銀とベタベタ駒を打って、竜を捕まえにいった。
着実に盤面を耕して物量で制圧していく。永瀬には得意な手順、藤井にとっては苦手な手順だ。
これは214手の長手数で決着した第2局の再現だ。終わらない。「この2人の勝負はやはり長くなるんですね」と大石が言えば、「死闘やね。2人はやっぱり波長があうんかね」と井上もつぶやく。
ついに藤井の竜は逃げ場がなくなった。飛車を取られたので、藤井は玉の逃げ道を広げて頑張る。永瀬も111手目に秒読みになったが、慌てている気配はない。と金を作ったのが冷静な一着。と金攻めは棋士が一番好む着実な攻めだ。このと金が藤井玉の守り駒の金に迫り、ついに永瀬勝勢だ。第5局が見えてきた。
井上と2人で大声で叫んでしまった
「▲5八同玉が渾身の一手でしたか。永瀬さん、よう踏み止まったねえ」と感心したように井上が言えば、「2人ともミスはあったと思うけど、間違えるからこそ将棋って面白いんだよ」と淡路も、終わったかのように振り返る。淡路と村田らが終局に備えて対局室近くに待機し、残された井上と検討する。
藤井が金を逃げるだろうと予想していたが、実戦はあっさり金を差し出した。そうか、手番を握って△5五金と打って、5四の馬取りにしつつ詰めろをかけるつもりか。井上と話していると、藤井は5五に金ではなく銀を打つ。あれ? 馬取りにしないの。
「まあ▲4二金打って清算して、飛車を玉の真横に打って王手すれば、5五の銀を抜いて永瀬玉が安全になるから勝ちやね。詰ます必要もない」
井上がそう話し、私もうなずいた。ところが「馬が入りました、▲5三馬です!」と中継記者の声が届く。
「えええっ!」
井上と2人で大声で叫んでしまった。玉を逃げられて詰まないじゃないか? 慌ててモニターを見る。
写真=石川啓次/文藝春秋