永瀬拓矢王座に藤井聡太竜王・名人が挑戦する第71期王座戦五番勝負第3局が、9月27日、愛知県名古屋市「名古屋マリオットアソシアホテル」で行われた。

 ここまで2局とも角換わりになったが、第1局は永瀬が4一玉型早繰り銀に、第2局は藤井が右玉にと、それぞれ後手が変化した。「後手番でどう工夫するか」がこのシリーズのテーマとなっている。本局では、永瀬は4手目に角道を止めた。永瀬が角道を止めるのは、2020年、豊島将之九段とのJT将棋日本シリーズ決勝以来、3年ぶりとなる。

1勝1敗で迎えた王座戦第3局。永瀬拓矢王座(右)の後手番だ ©️共同通信社

いつも通りには指しませんよと、盤上で宣言

 そして8手目に9筋の端歩を突く。藤井は、これまで序盤に端歩を突かれた21局中、19局で受けている。だが、本局ではそのまま突き越しを許した。受けなかったのは2018年、師匠である杉本昌隆八段と対戦した王将戦一次予選以来である。雁木の定跡も日進月歩で進んでおり、9筋の端歩突き合いは後手により利すると考えるようになったのだ。永瀬王座がそこを突いてくることはわかっていましたよ、いつも通りには指しませんよと、盤上で宣言している。

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 永瀬は雁木に組むが、右辺の形は決めずに藤井の出方を見た。雁木には急戦が藤井のセオリーだが、後手にはまだ振り飛車の余地がある。そもそも永瀬は、かつては振り飛車党。今でも裏芸のように使っている。藤井との最初の対戦である「藤井聡太 炎の七番勝負」(2017年、AbemaTV将棋チャンネル)でもゴキゲン中飛車にしていたし、2020年の第70期王将戦挑戦者決定リーグや、2021年の第34期竜王戦挑戦者決定三番勝負でも、藤井に対して飛車を振っている。

 この序盤、永瀬が振り飛車にするのを期待していた振り飛車党のファンも多かっただろう。

永瀬のとっておきの作戦

 私は9時半過ぎに現地の控室に着き、立会人の谷川浩司十七世名人と新聞解説の北浜健介八段に挨拶した。さっそく北浜と現局面の話になり、私が「居飛車も振り飛車も指せる相手では作戦を表明するタイミングが難しいですよね」と言えば、北浜も「藤井さんが右銀を出てきたら、飛車を振ってくるんでしょうねえ」。思えば北浜は永瀬とは逆に、居飛車から振り飛車に主戦法を変えた棋士だ。

 藤井は玉を7八まで移動し、後手の振り飛車がなくなった瞬間に右銀を繰り出し、21手目に▲3五歩と仕掛けた。

 谷川が「持久戦になっては9筋の突き越しが生きるので仕掛けたい」と予言した通りの進行だ。

 だが、これこそが永瀬の想定していた局面で、仕掛けを待ち望んでいた。7筋の歩を突き捨て飛車を回る。9筋突き越し+雁木+飛車先突かずの袖飛車、この3つの組み合わせが対藤井戦に特化した、とっておきの作戦だった。

 北浜が「これは永瀬さんが練ってきた作戦ですね」と感心したようにつぶやく。

 藤井は飛車の直射を避けるため、金を上がって玉を引くが、この対応により攻め足が止まってしまった。かたや永瀬は浮き飛車に構えてからさらに右桂も跳ねて、超攻撃的な構えにしていく。