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藤井との日常を書いた、杉本昌隆八段のエッセー集

 さて昼食休憩が空け、現地大盤解説会で解説役の久保利明九段と聞き手の中澤沙耶女流二段、ゲストの杉本昌隆八段が控室にやってきた。杉本は、藤井との日常について書いたエッセー集『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』(文藝春秋)がかなり売れていて、すでに4万部突破だという。

自著を手にする藤井の師匠、杉本昌隆八段_勝又清和

「エッセー、よくネタがつきませんねぇ。特に印象に残っているエピソードは何ですか?」

「〈走る棋士〉ですね。対局の遅刻の話です。あとは、まだ本には収録されていないのですが、〈運転下手な師匠〉ですね」

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 有名な将棋AI「Ponanza」の開発者で、この日控室にも来ている山本一成さんとの対談で、藤井が話したことだ。山本さんは現在、完全自動運転EVの量産を目指すTuring株式会社のCEOであることから、自動車の運転についての話題になった。

「師匠の運転する車に乗ることがあるんですけど、乗っているとすごく運転が下手で。それを見て、自分は運転するのはやめておこうと思っています」

 人に対して失礼なことを言わない藤井なので、どういうことかと思って本人に聞いたのだという。すると、運転が下手なのではなくて、ルートが遠回りで効率が悪いという意味だったらしい。

控室に中京の若手棋士が続々と…

 本局ここまでの印象を聞いてみる。久保は「先手番の良さは消えましたね」という。杉本も「この局面からはじめるのでしたら後手を持ちたい」。二人とも、後手がうまく立ち回っていると見ている。

 とはいえ永瀬は攻撃に手をかけたぶん、自陣が整備されておらず、自玉右側が金銀の壁になっている。ここは何はともあれ△5二金と上がるだろうと検討していた。だが36手目、永瀬は40分の長考で端を攻める。北浜と私は思わず「へええ」と声が出た。将棋AIが推奨していたとはいえ、逃げ場がない居玉のまま攻めて怖くないのか。

 午後になって控室に中京の若手棋士が続々とやってくる。藤井の兄弟弟子である齊藤裕也四段と今井絢女流初段。そして宮嶋健太四段、柵木幹太四段。齊藤は三重、宮嶋は岐阜、柵木と今井は愛知出身だ。関西奨励会幹事をつとめる北浜によれば、「奨励会でも中京が大勢力になっています」とのこと。中京が盛り上がっている理由は説明するまでもないだろう。北浜は「君たちには解説会に出てもらいますかね、新四段の顔をファンに覚えてもらわないと」と声をかけた。

 10月1日付で棋士デビューとなる宮嶋は、ずっとニコニコしている。北浜は「三段リーグ戦っているときは暗い顔をしていたのにねえ」と笑った。