永瀬はひつまぶし、藤井はハヤシライスのオムレツ載せ
この局面で昼食休憩となった。永瀬はボリュームたっぷりのひつまぶし。藤井はハヤシライスのオムレツ載せ。藤井はハヤシライスを好んでいるようだ。私が副立会を務めた第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第3局では「カツハヤシライス」、ウェブ観戦記を務めた伊藤園お~いお茶杯第64期王位戦七番勝負第1局では「オムハッシュドビーフ」を頼んでいる。
関係者の昼食にお邪魔した。記録係の榊大輝初段を見かけたので、「対局室、寒くない?」と聞く。第1局も第2局も対局室が異様に冷えていたからだ。
「10時に、永瀬先生に1度下げてくださいと言われて、22度から21度に下げました」
ひええ、そりゃ寒い。それだけ対局者は朝から燃えているということか。
日経新聞で観戦記者を務める若島正さんもいる。若島さんは高名な英文学者にして詰将棋作家だ。アマチュア将棋大会で全国優勝した経歴もあり、観戦記を数多く書いている。藤井との出会いについて聞いてみた。
「最初にあったのは2012年の詰将棋解答選手権のときですね。2011年3月の選手権で、第1ラウンドの成績が谷川十七世名人より上だった小学生がいるって浦野さん(真彦八段)に聞いて驚いてね。名古屋会場で解説を担当したので、会場で探しました。そうしたら、『この子ですよ』って紹介されて、『こんなちっちゃい子が』って驚きました。あのときの衝撃がすごかったので、藤井さんについては、何があっても何を成し遂げても驚きません(笑)」
詰将棋ではプロ棋士を押しのけ優勝している若島さん
若島さんは今期王座戦挑戦者決定トーナメントで伝説的な大逆転となった、村田顕弘六段戦の観戦記も担当している。「村田戦のときも驚きはありませんでしたか?」と聞くと、
「村田さんが秒読みだったので、何か逆転するのではないかという雰囲気はあったんですよ。村田さんはその前のところで1時間以上考えてしまったことを後悔していました。正解手に気づくのが遅すぎたと。それにしても、最終手の△5七金の詰みは私も盲点になっていて見えなかったですね」
若島さんは詰将棋作家としてだけでなく、解くほうもレジェンド級だ。2014年の詰将棋解答選手権では、61歳という年齢で広瀬章人八段や斎藤慎太郎八段など名だたるプロ棋士を押しのけ優勝している(翌年からは藤井が5連覇している)。
その若島さんが盲点だったという手を、藤井は1分将棋の中でいつ読み切ったのだろう。
あの詰みは、ABEMA中継で解説していた千葉幸生七段や私も含め、すぐに詰め手順が見えたという棋士はいなかった。じつは第93期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第3局が終わった後、本人に聞いてみたところ、「▲5九同銀と取られて、△7五銀と指すまでの間です」と、驚きの答えが返ってきた。△7五銀は30秒も使わずに指している。あの長手数の詰みを30秒足らずで見つけたということだ。もう、すごいという感嘆よりも、人間の脳って不思議だなとすら思う。そのような脳の働きにたどり着いている人間がそこにいる。
そして若島さんは「藤井さんは横綱相撲で堂々と押し切る将棋ばかりなので。ああいううっちゃり勝ちは久々に見ましたね」と笑った。