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「永瀬さんは考えるでしょう。こういうときのために、時間をとっといたんやから」

 その予言どおり、永瀬は124分もの大長考で桂頭を攻め続けた。手順に王手で竜を作られるのだから驚きの選択だ。そして玉の頭上に銀を打ち、居玉のまま要塞を作って、竜を跳ね返す。さらに永瀬は馬を作り、また持ち駒の銀を竜取りに打って、盤上を制圧していく。永瀬らしい手厚い指し回しで、ペースをつかんでいた。大長考が実ったといえよう。

序盤はほとんど時間を消費しなかった永瀬拓矢王座

 夕方近くなった頃、記者控室にいくと、ものすごい数の取材陣が詰めていた。100人は軽くこえていただろうか。各棋戦の担当記者に挨拶をする。「第5局まで行きますか?」「(第5局は山梨なので)中央線には乗れますかね?」と聞かれて、「永瀬さんのペースですが、第3局のようなことがあるので迂闊なことはいえません」と答える。タイトル戦で皆あちこち一緒に回って遠征して、もはや戦友のような気分だ。

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藤井の余裕のなさが手つきに現れる

 午後5時となり夕食休憩に入った。永瀬は陣屋に続いてカレー連投の手筋、一方の藤井は天丼で大きな海老が乗っており、いずれも食べごたえがありそうだ。にもかかわらず5時20分頃には両者とも対局室に戻っていた。

 休憩が明けたところで、藤井は粘りモードに切り替えた。竜を自陣に引き上げ、玉を深く引き、手を渡す。受け身になっても、相手が効果的な手を指すのが難しい局面にするのがうまい。永瀬が馬の活用に戸惑って有効な手を出せなくなった。流れが変わった。藤井は溜め込んでいた持ち駒を投入する。銀を打ち、桂を打ち、角を打ち、香を打ち、歩を打つ。すべてが駒取りの先手で、金銀に替わっていく。

 

 村田が「藤井さんの辛抱が実りましたね」と言い、糸谷も「永瀬さんが馬を逃げている間に藤井さんは何手も指しましたね」と逆転したことを断言した。しかし問題は残り時間で、藤井は86手目に持ち時間を使い切って秒読みになっている。102手目には銀で飛車を取ったが、秒に追われて、駒をひっくり返せずに不成で取った。必ず取られる銀なので、不成に利点があるわけではない。手つきに現れたように、藤井にも余裕はなかったのだ。

 そして、ここからが本当の戦いだった。

「死闘やね。2人はやっぱり波長があうんかね」

 永瀬は金ではなく玉で銀をとる。対局開始から11時間後、103手目にしてついに先手玉が動いた。居玉のままでは上から押しつぶされる。玉を露出させて危険だが、これしか生き残る道がないということだ。控室ではまったく予想していなかったが、調べてみると確かに寄せにくい。藤井も不意打ちのような玉の仁王立ちに慌てた。