――それ、奥さんに読んでもらったのですか?
足立 はい。「すごく瑞々しい」という感想をもらいました。それを聞いたとき、ちょっと意味がわからなかったですね。奥さん、もしかしたら少しバカなのかなって(笑)。
というのも、その小説には俺が妻に対して抱く、いろいろな負の部分も思いっきり入れ込んでいたんです。他の女性に目移りする感じも正直に書いて。だから「これを読ませたら離婚されるかもしれない……」って覚悟しながら読んでもらったんですけど、まさか「瑞々しい」なんて反応が返ってくるとは夢にも思わなかったですね。そこから妻の見識眼をちょっと疑うようになったんですけど(笑)、でも妻の評価が良かったので、某新人賞に出しましたけど1次審査すら通らなかったですね。
小説よりも私小説のほうが面白い
――『乳房に蚊』を書いたことで、小説家に転身しようとは。
足立 それはまったくなかったです。僕が書いてる小説なんて、本物の小説家の方からしたら「ケッ」てなもんだと思います。やっぱり映画を作りたいという思いのほうが強くありますし。でも、依頼があればまた書きたいです。
――足立さんの小説は、実体験がベースのものがほとんどですが、完全なフィクションを書こうと思ったことはないですか。
足立 全篇フィクションも書いているけど、自分が読者になったときは実体験的なもののほうが面白く読めるんですよね。私小説のほうが面白いなって。西村賢太さんとか車谷長吉さんとかが好きです。
そうなったのは、そういう脚本ばかり書いてるからなのもありますね。それで「こいつ、半径5メートルのことばっかり書きやがって」みたいなことをよく言われるので、その反動で小説も実体験ベースのものを書いてしまう。
――9月に出た『春よ来い、マジで来い』は、脚本家になる前の最もくすぶっていた20代後半から30代にかけての体験をもとにした小説です。永島慎二の漫画『若者たち』の世界、さらに言うと誰も輩出しないトキワ荘を意識したと。
足立 そうです。ああいう集団生活ものが好きなので。集団生活ものって、映画で見ても面白いですけど、本とか漫画で読んでも面白いと感じていたので書きました。
――青春もので集団生活ものですけど、爽快感があるタイプの作品ではないですよね。
足立 爽快感はまったく狙ってないです。映画で話をすると、いわゆる後味のいい作品ってありますよね。爽快感があったり、大団円を迎えたり、っていう。そういう映画が嫌いなわけじゃないんですけど、個人的にちょっと置いてきぼり感を感じてしまうんですよ。
主人公はすっごく人生うまくいく感じになっちゃったけど、「見てるこっちは、映画館を出たらまたひどい日常に戻るだけなんですが……」っていう。
――でも、今年の年末はいい感じになりそうな予感がしませんか。『ブギウギ』の脚本家として、紅白歌合戦の審査員に招かれたりするのでは?
足立 それはないと思います。というか、朝ドラの脚本家って紅白に呼ばれるもんなんですか? 朝ドラも見たことがなかったけど、実は紅白もちゃんとは見たことがないんですよ(笑)。こんなこと言ったらNHKから仕事もらえなくなるのかな? 今年から見ます。なので僕をどうか見捨てずに、どうかこれからも仕事ください(笑)。
写真=佐藤亘/文藝春秋