「もう少し休めば気持ちも変わるかも知れません。しばらくそっとして、待ってみようと思います。もう訪問は結構です」
引きこもりの子供の支援活動を途中で打ち切った、ある家庭。ところがその10年後、子供が35歳のときに再び支援を依頼する連絡が……。引きこもりからの回復を「信じて待つ」ことを選んだ家庭のその後とは? 認定NPO法人ニュースタート事務局として長年、引きこもり問題解決のために奮闘する二神能基氏、久世芽亜里氏による新刊『引きこもりの7割は自立できる』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全4回の4回目/最初から読む)
「もう訪問は結構です」絶たれた支援活動
歩くん(仮名)は大学卒業後そのまま引きこもりになり、2年が経過していました。働いた経験はなく、親が勧めてもバイトに応募すらしませんでした。親が理由やどうしたいのと聞いても、全く返答がありません。性格は繊細で、ストレスで腹痛を起こすことがよくありました。
レンタルお姉さん(引きこもり当事者の家を訪問し、彼らに直接働きをかける女性たち。男性版の「レンタルお兄さん」もいます)による支援が始まります。歩くんは電話を代わってもらっても、訪問しても、全くの無反応。5ヶ月もすると、予告していた訪問日に歩くんはどこかへ出かけてしまうようになります。
訪問しても全く会えないことが3ヶ月続き、親に「期限をつけてバイト・半年だけ親がお金の面倒を見る一人暮らし・入寮から選ぶように、困ったことがあればレンタルお姉さんに相談するように、話をしてください」とお願いをしました。
すると親は、「息子は繊細なので、そこまで言っていいのか不安です」と悩みます。結局「もう少し休めば気持ちも変わるかも知れません。しばらくそっとして、待ってみようと思います。もう訪問は結構です」という連絡がありました。
親からの何かしらのアクションがなければ、こちらも会えない流れを変えるきっかけが掴めないので、親の希望を受けて支援は終了しました。支援期間は8ヶ月、こちらは歩くんの姿はちらりと見た程度で、声を聞くことは一度もありませんでした。
それから10年後、歩くんが35歳の時に、親から連絡がありました。また訪問をしてほしいとのことでした。
歩くんの状況を聞くと、この10年間、バイトの面接を受けるなどの具体的な動きは全くなかったそうです。後半の約5年は、家から一歩も出ず。最近は幻聴があるようで、「家の前を通った人が自分の悪口を言っている」と、いきなり自室の窓から通行人を怒鳴ることもあるそうです。
10年の間に歩くんの状況は大きく悪化していました。自立など今はとても考えられない、私たちでは手が出せない、医療に委ねるしかない状況になっていました。