色情と欲得にまみれた遊里を足掛かりに、江戸でいちばんの出版人にまで駆け上がった男がいた。

 彼は花街のガイドマップで本と関わり、ほどなく娯楽本や美人画などエンタメコンテンツに手を広げ、どれもこれも大ヒットさせた。お江戸日本橋に構えた彼の書店「耕書堂」にはベストセラーが並び、最新トレンドの発信地とまでいわれた。

 男の名を蔦屋重三郎という。江戸の民衆から「蔦重」と親しまれた有名人だった。

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 とはいえ、現代ではぐっと知名度が下がってしまう。蔦屋というけれどTSUTAYAの創業者じゃないし祖先でもない。

横浜流星 本人インスタグラムより

 そんな蔦重がNHK大河ドラマの主人公に抜擢された。タイトルは「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。蔦重を演じるのは横浜流星、他に染谷将太や渡辺謙、片岡愛之助らが名を連ねている。

「親なし、金なし、画才なし……ないない尽くしの生まれから“江戸のメディア王”として時代の寵児になった蔦屋重三郎。その生涯を、笑いと涙と謎に満ちた物語として描く」――これが放送局の口上だ。

 だけど早合点してはいけない。来年のヒロインは紫式部、蔦重の登場は次の次、2025年まで待たねばならない。

7歳で両親が離婚、吉原の親戚に引き取られる

 蔦重は、寛延3年(1750)に吉原で生まれた。7歳の時に両親が離婚、吉原で水商売を営み盛業だった親戚に引き取られる。吉原は女の色香と男の劣情が渦巻く愛欲の街だ。さぞや、重三郎少年はマセていたことだろう。

 蔦重の前半生は、田沼意次(ドラマでは渡辺謙)が政治の実権を握っていた。ハイパーインフレと好景気で上から下まで贅沢三昧、贈収賄が日常化する拝金主義全盛期でもあった。一方では火山の大爆発と大地震、大水害に大飢饉が立て続けに起こり、打ちこわしや一揆は全国に及んでいる。

歌舞伎の浮世絵としてもっとも有名な1枚、東洲斎写楽の「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」も蔦屋重三郎のプロデュースによるものだった(出典:ColBase

 のうのうと本を商っていては、とても成功できそうにないご時世だった。

 蔦重が台頭できたのは、戯作者や絵師の資質を見抜き、その才能を開花させたからだ。

 歴史の教科書に出てくる著名人に限定しても、浮世絵師だと喜多川歌麿(染谷将太)に東洲斎写楽。戯作者なら山東京伝がいる。蜀山人を名乗った大田南畝の背後にも蔦重の影が色濃くチラつく。世に出る前の曲亭馬琴に十返舎一九、葛飾北斎たちも蔦重の世話になっている。