隠し持っている人の顔の1本の線
――ジャン君は、開君との初対面では、ひとりで作った独創的な服をショップの一角で展示する純朴な青年として登場します。ハイブランドのジャケットについて「縫製がぜんぜんダメですね!」と屈託なく指摘し、「縫製は洋服の基本です。だから僕は絶対に手を抜かず綺麗に縫います」と熱弁して、開君を驚かす。ところが、「希望に燃える真摯な留学生」はいつしか「不穏な存在」へと印象が変化し、周囲のやる気や善意を搾取したかと思えば、誰も考えつかないような“道”を示したりする予見不能なキャラクターになっていきます。ファッション界を取材する中でモデルとなる人物がいたのでしょうか?
はるな モデルというか、これまでの人生で、色んな所で「この人はいったい何なんだろう」と心にひっかかる人と出会ってきて、彼らをずっと見ていると、底知れぬ面白さみたいなものもあるので描いてみたいなと。映画業界とか、芸能界とか、華やかな所に特に多いのかな。多方面から「ウチの業界にいるいる!」と言っていただいて。
――たしかに、ジャン君みたいな人っていますよね。そして、成功していたりもする。
はるな 読者の感想とかを拝見すると、「早くジャン君が痛い目に合うところをみたいです」と、勧善懲悪的なものを求める声もあるんです。それも分かりますが、悪が成敗されてスッキリみたいな物語が、あまり人生の役に立つとは思えなくて。『ファッション!!』ではそうじゃないところを描いてみたいんです。
ジャン君みたいな人って実はいっぱいいて、あなたの隣にいるかもしれないし、あなたが好きな人がそうかもしれない。だからといって、そういう人にこうやって対処しましょうって話でもないんですけど。
――どう表現するか難しい複雑なキャラクターですよね。
はるな 描きながら、私も分からなくなることがあり、編集さんに何回もご意見を伺いました。ジャン君って、複雑さとちょっと新奇性というか、今まであまり表象されてこなかったキャラクターというか。山岸(凉子)先生の作品とかにはいるのかもしれないですけど。
――ジャン君が口にするのは「共感」か「感謝」で、本来ならそのどちらもいいものとされている訳ですし、実際に人たらしな部分もあるんですけど、彼が言うと不穏に響く。そこも新鮮です。
はるな 表面に出ているものと本質に乖離があるキャラクターをマンガで表現するのは、本当に難しかったです。だけど、彼を訳の分からない宇宙人みたいな遠い存在として描くのは、ちょっと誠実さに欠ける気もして……。結果、読者の方には分かりにくい部分があったかもしれません。
――ジャン君は多くを語らないキャラクターではありますが、でも食への無頓着さや生活態度が、あの目の周りの脂肪を強調した感じにしっかり滲んでいる気がします。
はるな そうですね。ジャン君は表面的には人に好かれているキャラクターにしなきゃいけなかったので、愛嬌や魅力がある人物として描きつつ、読者にはそうじゃない部分も見せなきゃっていう塩梅が難しすぎて、それゆえの(目の周りの)線1本です(笑)。長期間このキャラクターを描き続けるために、どういう表情を選ぶのが正解なのか、いまだに試行錯誤しています。
――なるほどですね。でも、何かまだ隠し持っている人の顔に宿る線1本だなって伝わってきました。
はるな もっと美しいとか、可愛い造形にすることも出来たんですけど、それだとリアリティーがないなと。ちゃんと地に足が着いた人間にしたかったんです。