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「今日は裏話をします」優勝セレモニーで割れんばかりのコール

 優勝セレモニーで三木谷は神戸サポーターにこう語りかけた。

「皆さん、やりました! 今日は裏話をしたいと思います。ヴィッセルが大変な経営危機だった2003年、神戸市に球団の経営をしないかと相談された時、ずっと赤字だろうから最初はお断りしようと思ったんです。

 でも『もし僕が引き受けないとヴィッセルはどうなりますか』とお聞きしたら、神戸市の方は『消滅します』とおっしゃいました。神戸は僕を育ててくれた街だし、(阪神淡路)大震災のこともあったし、ここは恩返しをするところかな、と思い直して引き受けました」

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「その後は、僕の力が至らないこともあって、2度の(J2)降格。スタッフには『もう会長は表に出ないでください』と言われましたが、父親には『こう言う時こそ、出ていけ』と言われ、出て行ったら皆さんに随分、温かい言葉をかけていただいて(サポーター爆笑)。本当に色々あったけど、今日で歴史が変わりました!」

「世の中甘くないから、順調なことばかりではないだろうけど、これからもヴィッセルを、神戸を盛り上げていきましょう!」

 サポーターは割れんばかりのコールで三木谷のスピーチに応えた。

「ミキタニ! ミキタニ! ミキタニ!」

写真:楽天提供

 筆者はその時、10年前のことを思い出していた。

告別式で「間に合わなくて、すみません」

 2013年11月10日、神戸市兵庫区の平安祭典神戸会館で三木谷の父、良一の通夜がしめやかに執り行われた。

 長く神戸大学で教鞭を執った良一は、学界では名の知れた金融学の泰斗である。告別式は「IT起業家三木谷浩史の父」のものではなく、「経済学者三木谷良一」のものだった。「三木谷浩史の父」の告別式なら政官財の要人が詰めかけただろうが、良一も息子の浩史もそれを良しとしなかった。良一はあくまで良一らしく、教え子や学界の同僚に見送られた。

 素朴な告別式会場の片隅に、周りとは明らかに雰囲気の違う一団がいた。細身のスーツに包まれた肉体は明らかに一般人のものではない。全員が真っ黒に日焼けし、茶髪、金髪もちらほら。

 だが傍目も気にせず号泣する三木谷浩史を除けば、その集団が最も悲しみを露わにしているように見えた。ヴィッセル神戸の選手たちである。

「間に合わなくて、すみませんでした」

 祭壇に花を手向ける選手たちは、口々にそう言っていた。

 三木谷が優勝セレモニーで言ったように、楽天がオーナーになってからヴィッセルは2度、J2落ちの屈辱を味わっている。2度目の降格が2012年。J1復帰をかけたシーズンとなった2013年シーズンの終盤、ガンバ大阪が一足早く昇格を決め、ヴィッセルは最後のひと枠をかけて京都サンガと2位、3位争いを繰り広げていた。

 11月3日のJ2第39節。「勝てばJ1昇格」のかかった京都との直接対決は、引き分けに終わる。膵臓癌と闘っていた良一は、その6日後に息を引き取った。京都がガンバ大阪に敗れ、ヴィッセルのJ1昇格が決まったのは11月10日。良一が他界した翌日だった。