寺院でさえこんな状況なので、なおさら人は金の亡者となり、生きる人の尊さを無視するようになる。そもそもタイでは昔から人の命が軽く受け止められている。王国の権力者とそれ以外の国民のうち、それ以外の国民の命はなお軽い。
自動車保険は死者に対する限度額が対物より低い
車の保険を見てもそれがわかる。タイの自動車保険も日本と同様に自賠責保険(いわゆる強制保険)と任意保険がある。自賠責保険は対人のみだ。運転者に過失がない場合にのみ総額で最高50万バーツ(約200万円)が死亡者に支払われる。負傷者には20万から50万バーツが最大総額だ。ただ、運転者に過失があった場合は支払総額は10分の1くらいになってしまうし、実際のところ過失のない支払い事由なんてそうないだろうから、基本的には機能していないのではないかと疑う。実際、ボク自身も車を保有しているが、自賠責保険を使ったことは一度もない。
一方、任意保険は契約内容によるものの、補償内容は死亡者には50万バーツ、負傷者に5万バーツ(約20万円)、対物は最大で250万バーツ(約1000万円)が一般的な内容になる。大手保険会社でもっと高額の保険料をかければ、対物500万バーツ(約2000万円)、死亡者はひとり300万バーツ(約1200万円)、ただし最大総額1000万バーツ(約4000万円)が支払われる契約内容もある。契約次第もしくは保険の等級次第で安い保険もあり、必然的に先の内容よりももっと薄っぺらになる。
むしろ任意は入っているならマシで、無保険車もタイは少なくない。いずれにしても、死者に対する限度額が対物より低く(ただし対物は総額表示が多い)、どう考えても命が安い。日本なら対人、対物共に無制限の設定もあるが、タイには基本的にはその設定自体すらない。タイにおいては、人間の命はプライスレスではないのだ。
共有できるバックボーンが希薄ゆえの利己主義
タイ人は南国気質で、なんでもかんでも「マイペンライ」(気にしない、大丈夫)の精神で楽観的に片づけるおおらかさが実際にあった。しかし、タイも近年は生きづらい国になってきていて、思うように稼げない人、夢に描いたように生きられない人の中には自殺者も増えてきた。タイ保健省が発表した19年のタイ国内自殺者数は4419人だった。人口10万人あたりでは6.64人となる。世界保健機関(WHO)がまとめた16年の数字では14.4人とさらにその数が跳ねあがる。