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「どちらがボスか」を部下に思い知らせる行為

内田 パワーハラスメントというのは、この定型化したふるまいのうちの「上司が部下に向かって、当然の権利として、自分にへつらうことを求める」ことで下僚が受ける精神的な傷のことだと僕は思います。

 上司としては、当然の権利を行使しているつもりでいるわけですから容赦がない。単にきちんと挨拶をするとか、敬語を使って話すくらいでは物足りない。すり寄り、おもねり、へつらい、尻尾を振って来ることを求める。それができないという人間は「この組織のルールがわかっていない人間」ですから教化しなければならない。「どちらがボスか」ということをきっちり教え込まなければならない。

 そして、今の日本社会では(もう軍隊じゃないので)殴りつけたり、外に立たせたり、営倉に放り込んだりという直接的な暴力は禁じられていますから、できることは限られている。だから「屈辱感を与えること」が拷問の代わりに採用される。

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 上司から理不尽なことを言われても、意味のないタスクを命じられても、部下は抗命できません。抗命すれば「業務命令違反」「就業規則違反」として咎められる。だから、黙って従うしかない。その屈辱の経験を通じて「どちらがボスか」を部下に思い知らせる。

 そういうやり方が上意下達的組織では日常的に行われるようになります。パワーハラスメントがこれだけ横行するのは、別に日本人が全体として意地悪になったわけではありません。そうではなく、「組織はトップダウンで編制されなければならない」という信憑が広まったせいです。その方が効率的で、生産的だと誰かが言い出した。でも、それは端的に嘘ですよ。

「やまとことば」にない3つの言葉

――確かにトップダウンの組織は生産性が高いと広く信じられています。

内田 歪んだトップダウンの組織というのは、「やりたくないことをやらせる」ための組織です。上位者の命令に対して「それ、ちょっとおかしくないですか」とか「悪いけど、その指示まったく無意味です」とか言って「常識的に抗命する人間」を一人も存在させない組織です。「私はそれをやりたくない」という個人的反抗を決して許さない組織です。

 でも、そういう組織ではトップが誤った指示を出した場合に、誰もそれを止めることができません。トップが致命的な誤りを犯した場合に、誰もそれを途中で補正できない。だから、壊滅するときは一気に壊滅します。「フェイルセーフ」も「リスクヘッジ」も「レジリエンス」もそういう組織には存在しない。

 現に、僕が今挙げた三つの単語はどれも日本語訳がありません。それぞれ「装置が正しく作動しなくても安全を保障する機構」、「すべてを失わないように両方に賭けること」、「一度崩れた機構を復元する力」という意味です。どれも「プランAがうまくゆかなかった場合に最悪の事態を回避するためにプランBを用意しておく」というふるまいにかかわる言葉です。これに対応する「やまとことば」がないのはもちろんですが、「略語」さえありません。