「お前は私の前ではまったく無力なのだ」というメッセージ
――確かに屈辱を与えた側が「格上」に見えてしまう風潮があります。
内田 歴代の官房長官はある時期から記者会見で政府にとって不都合な質問には決して答えないようになりました。「それは当たらない」とか「個別の事案についてはお答えを差し控える」とかいう定型句を駆使する人間を一部のジャーナリストは「鉄壁」と称賛しさえしました。
でも、彼らはただ質問に答えていないだけではありません。同時に、質問した記者に屈辱感を与えてもいるのです。彼らは無言のうちに「お前が何を質問しようと、私は自分の言いたいことしか言わない。お前は私を論難することも、絶句させることもできない。お前は私の前ではまったく無力なのだ」というメッセージを発信しているからです。
そして、このメッセージを10年間にわたって浴び続けているうちに、政治記者たちは「生きる知恵と力」を深く傷つけられて、いつの間にか死んだようになってしまいました。
ですから、政治記者たちの「不甲斐なさ」「腰砕け」はもちろん彼ら自身の責任もあるのですが、日常的に彼らに浴びせかけられた「呪詛」の効果でもあると僕は思います。
――パワハラを生みやすい組織にはどんな特徴があると思われますか?
内田 パワハラを生み出しやすい組織の典型は、一言で言えばトップダウンの組織です。というのは、トップダウンの組織の多くでは、「どうやって組織のパフォーマンスを上げるか」よりも「どうやって組織をマネジメントするか」の方が優先されるからです。
組織が何を生み出すかよりも、組織がどう管理されているかが優先的な問いであるような組織では、上位者の命令が遅滞なく末端まで示達されることが重視されます。上位者のいかなる命令にも「イエス」と即答する忠誠心が最も高く評価されます。能力よりも忠誠心が優先的に評価されます。構成員全員に「イエスマンシップ」が求められます。あらゆる指示が途中でまったく抵抗に遭わずに現場まで届き、ただちに物質化する組織が「よい組織」だということになる。
そういうふうに言うと、なんだかすごく効率的な組織のように思えますけれど、そうでもありません。
なによりも、上意下達的組織では、すべての職位のすべてのメンバーが「上にはおもねり、下には威圧的」という人間に造形されてしまうからです。個人の資質とはかかわりなく、そういう「鋳型」にはめられてしまう。仕方がありません。上位者に「忠誠心」を誇示することが能力を発揮することよりも勤務考課上優先するんですから。
上司は、自分が上にへつらっている以上、下に対しても同じ態度を要求します。「私にへつらうこと」を当然の権利として求めるようになる。その結果、上司に阿諛追従し、下僚に阿諛追従を求めることがこの組織では「デフォルト」となる。かつての日本の軍隊と同じです。
繰り返し言いますけれど、これは個人の責任ではありません。組織原理がそう命じるのです。その「鋳型」にはまり切らなければ、「異物」としてはじき出されてしまう。
――なるほど。