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いつもの調子で軽口が叩たたけるようになる。

「知ってますよ。辰巳さんの楽屋ですよね。会釈したんですけど、なんや知らん顔してはりましたね」
「あのときは、ボウとしてましてん」
「よう言わんわ」

「年の離れた姉と弟」として、つきあい始めたふたり

さすがに吉本興業の跡取り息子、漫才師のようにテンポ良く切り返してくる。大阪弁でボケたりツッこんだりしながら語るうち、距離はぐっと近くなり親近感が湧いてきた。楽しく会話ができている。波長があう。恋人同士にはなれずとも、年の離れた姉と弟。そんな感じで楽しくつきあえれば……と、期待も湧いてくる。シズ子は弟の八郎を溺愛していた。多少ブラザーコンプレックスの傾向はあったか?

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穎右はこの翌日に、和歌山県の海辺に行って海釣りを楽しんでから実家に帰ると言う。シズ子も翌日には次の公演先である兵庫県の相生へ向かう予定だった。

「それなら、大阪あたりまでご一緒に行きましょか?」

そう言って誘ってみる。街ではデートしているカップルの姿などめったに見かけない時代。戦時下の非常時、そういった行動がひんしゅくを買うことは多々ある。もしもマスコミに見られでもしたら「スヰングの女王と吉本興業の御曹司が逢引」なんてスキャンダラスな記事を書かれる危険もあった。そうなったら目もあてられない。

仕事にも響く。それは分かっていた。また、相手もそのあたりのことは理解して、誘いに乗ってこないだろうと思っている。つまりは社交辞令、軽い冗談のつもりだった。

「いゃ、それは……」

やはり、困惑した顔で言葉を濁している。その態度を見て、可愛いと思う。この後、しばらく歓談して穎右は帰っていった。一人で楽屋に取り残されると名残惜しさが湧きあがってくる。

ボケとツッコミの呼吸が合って、どんどん親しくなる

翌日、名古屋駅に行くと、今度はシズ子が困惑する番だった。改札口に穎右がいる。

「やっぱり道連れさせてもらおう思いまして、もう笠置さんの席も取ってあります」