市川猿之助が中心となって、配役から演出までをほとんど手がける芝居には活気があった。それは必ず後輩たちの才能を引き出す、見せ場を用意したからだと思う。たとえば『ワンピース』再演では気前よく主役を尾上右近にゆずっているし、『新・陰陽師』では重要人物の安倍晴明役に中村隼人を起用したばかりでなく、坂東巳之助や中村鷹之資にもそれぞれが引き立つような仕どころがちゃんとあって、拍手喝采を受けていた。
猿之助はあるときこんなふうに言っている。
「歌舞伎は自分だけ良けりゃいい、ってもんじゃなくて、後進につないでいかなくちゃいけない。歌舞伎をなくすわけにはいかないから、守れるうちは守らないと。それが歌舞伎役者としての義務ですからね」
惜しみなく後進の指導に当たる歌舞伎界の良き伝統
これは今の大幹部たち、尾上菊五郎、松本白鸚、片岡仁左衛門、坂東玉三郎などが誰しも抱いている心情で、後進に役がついて教えを乞われれば、皆快く指導を引き受ける。指導された者たちは、将来その恩人の子孫などに、教わった芸を返して歌舞伎という伝統芸能をつないでいく。
しかし歌舞伎界には、役がつかなければ教わりには行けない、という鉄則があって、どうしてもやりたい役の教えを乞いたければ資金を工面して自主公演を持つしか方法がない。
御曹司たちの勉強会は当時に比べて減少
昭和41年、国立劇場が開場したてのころは、毎年8月の小劇場を若手の勉強会のために開放して、その頃あった「荒磯会」とか「あすなろう会」とか「木の芽会」とかが競って会場を確保し、当時の大幹部たちは惜しみなく後進の指導に当っていた。
たとえば「杉の子会」では、十八代目中村勘三郎、今の中村歌六・又五郎兄弟などが少年のころ、何の役でもできてしまう十七代目勘三郎が汗だくになって指導したそうで、その成果は今も歌舞伎を支えている。
近ごろの国立劇場の8月は、歌舞伎研修生たちの発表会「稚魚の会」や「音の会」などの公演はあるものの、御曹司たちの勉強会というものは、当時に比べて圧倒的に減少している。