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「俺にも一枚噛ませろ」と1万ドルを出資

 できたばかりのベンチャーで宇宙を目指す。それだけでも常軌を逸しているし、凄まじい起業家精神だが、スペースXを立ち上げてまだ1年しか経っていない2003年、マスクはバッテリーだけで走る自動車の開発に取り組んでいた数人のグループと出会い、電気自動車(EV)というアイデアに魅せられる。「俺にも一枚噛ませろ」と1万ドルを出資した。

 EVベンチャーの業界とつながりができ、2004年には別のグループに創業資金を提供し、会長に収まってしまう。テスラである。マスクにとって、温暖化ガスを撒き散らすガソリン車からEVへのシフトはある種の必然でもあった。

©iStock.com

夜な夜な「叫んでは吐いていた」

 だがここから地獄が始まる。2008年までにスペースXは3度連続でロケット打ち上げに失敗。テスラもEVの量産に苦戦して、有り金は底をつく。弟のキンバルが銀行に担保として差し入れていたアップル株を売らせてテスラ社員の給料を払うところまで追い込まれた。

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 普通の人間なら壊れる。2番目の妻は伝記の中で、この頃のマスクが夜な夜な「叫んでは吐いていた」と証言している。だがこの逆境は、マスクの集中力を極限まで高めることなり、痩せ細って足の指に力が入らず、まっすぐ歩けないようになっても精力的に仕事をこなした。

社員に送った一本のメールに書かれていたのは…

 伝記には書かれていないが、この頃、テスラではそれまで無料だったミネラル・ウォーターが有料になり、社員の多くが「この会社も、もうそれほど長くない」と感じていた。このときマスクは社員に一本のメールを送っている。

「上司のために働かないでください。人類の未来のために働いてください」

 普通の人付き合いは苦手でも、熱い男だから、多くの才能ある人々がついてくる。スペースXは4度目の打ち上げで成功し、NASA(米航空宇宙局)から16億ドル(当時約1600億円)分の打ち上げ契約を取り付ける。テスラも量産に成功し、世界で最も価値のある自動車メーカーになった。

テスラで働く従業員の様子(テスラHPより)

◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2024年の論点100』に掲載されています。