文春オンライン

本当の「鬼」は家康ではなく秀忠だった…千姫による「秀頼の助命嘆願」を父・秀忠がはねつけたワケ

source : 提携メディア

note

しかし、すでに城内には火の手が回っており、千らの一行は本丸を出たところで立ち往生したが、徳川方の坂崎直盛に遭遇。修羅場をくぐり抜けた末になんとか無事に脱出に成功した千らは、本多正信に引きとられた。

鬼は家康ではなく、秀忠

千による秀頼と茶々の助命嘆願を受け、徳川方の陣営ではどうすべきか話し合われた。このとき、家康は千の無事をよろこび、秀頼親子の命を奪うことに躊躇する姿勢も見せたという。これに対し、助命を厳しく謝絶したのは秀忠だった。

「どうする家康」の最終回(12月17日放送)では、「秀頼さまと義母上の命だけはお助けください」と必死に哀願する千を、家康は「それはできぬ。戦いの種を残しておくことはできぬのだ」といってはねつける。千は家康に「おじいさまは鬼じゃ!」という言葉を吐くようだが、それは史実と異なる。

ADVERTISEMENT

秀忠は、秀頼とともに自害しなかった千に対する怒りをあらわにし、「女なれども、秀頼とともに焼死すべきところに、(城を)出てきたのは見苦しい」とまでいい放ち、しばらく千と対面すらしなかったという(『大坂記』など)。

「戦いの種を残しておくことはできぬ」との強い思いを抱いていた「鬼」は、むしろ秀忠であって、それがパフォーマンスでないことは、しばらく千と会わなかったことからもわかる。大河ドラマで描かれるような感情論、すなわち父娘の涙の物語は、この冷徹な判断が求められた戦の場面では、けっして成立しない。

事件と不幸が連続した壮絶人生

その後も、千姫の周囲は穏やかとはいえなかった。大坂夏の陣の翌年、徳川四天王の本多忠勝の嫡男で桑名城主、忠政の嫡男の忠刻に再嫁したが、その年、「千姫事件」が起きている。千が大坂城から脱出する際、救出の手助けをした津和野藩主の坂崎直盛が、千を奪おうとしたのである。

救出した者に千を再嫁させるという約束を反故にされたため、といわれるが諸説あって定かではない。ともあれ計画は事前に露見し、屋敷を幕府に包囲された直盛は家臣に殺されたという。結果、坂崎家は断絶している。