弁護人の質問が長引きそうな気配を察するや否や裁判長は「あとどれぐらいで終わりますか」と問いかけ、要点を絞って質問するように言う。そんな場面を幾度となく見てきた。昼休み前ともなれば、そのプレッシャーはさらに強まり、閉店直前の喫茶店に入ってしまったときのような気まずさを覚える。時間に追われながら進行する様子を見るたび、被告人の人生を決める刑事裁判であるはずなのに、あまりにも裁判員ファーストすぎやしないか? という疑問が生じる。
ついに裁判長は椅子から立ち上がり…
だが、予定通りに進まない裁判も往々にしてある。そんな不測の事態に裁判官が見せた行動は、普段の裁判員裁判がテンプレ的だからこそ印象に残った。
2021年9月の横浜地裁。同居していた夫の首をのこぎりで切り殺害したとして殺人罪に問われていた妻の裁判。被告人は乱れたグレイヘアに、銀縁眼鏡、薄緑色の半袖ブラウスと黒いパンツという服装で、ヨロヨロと弁護人席の前にある長椅子に座った。夫に馬乗りになり、その首を切ったという行為とは結びつかないほど弱々しい姿だ。
罪状認否で起訴内容を認めており、争点は量刑のみ。長引く要素はない。ところが公判はスムーズには進まなかった。最初は静かだった被告人が途中から身体全体を動かし、机や自分の頭を叩き、床を踏み鳴らすなどして、音を立て始めたのだ。背中を丸めたり、起こしたり、自分の額を手のひらで叩くことを何度も繰り返す。勢いがつき、床に倒れ込むこともあった。
裁判長は壇上から問う。
「Aさん、何か言いたいんですか?」
被告人は何も答えない代わりに、手のひらで自身の頭を叩き、足を踏み鳴らし始めた。休廷を挟んでも落ち着くことはなく、むしろエスカレート。唸り声も加わり、音も大きくなってゆく。裁判長は何度も注意するが、音は止まない。ついに午後の証拠調べの最中、裁判長は椅子から立ち上がり、なんと壇上から降りて被告人の前にしゃがみ、語りかけた。