「一連の犯行は緒方がいなかったらできなかった」
この控訴審において、福岡高検側の検事として答弁書などの作成に携わり、公判担当として出廷していた牧野氏は言う。
「その前の福岡地検にいた時代から、この事件にかかわっていましたからね。そういうわけで、間に2年空けて福岡高検に着任したときに、詳細を知っている私が担当することになったわけですよ。事件の内容についてまず印象的だったのは、マインドコントロールの恐ろしさ。逃げられる場所にいて逃げられないというか……。被害者で、たとえば緒方の妹の夫(緒方隆也さん=仮名、以下同)なんて、以前は警察官だったわけでしょ。普通の職業の人だったらまだわかるけど、元警察官が巻き込まれていたっていうのは、最初に耳にしたとき驚きました」
控訴審においては、06年8月に緒方の弁護団が控訴趣意書を提出し、07年1月中旬に補充趣意書を提出したことが、同弁護団への取材でわかっている。松永弁護団も同じく控訴趣意書と同補充書を提出しており、検察側の牧野氏はそれらに対する答弁書を作成した。
「緒方について答弁書で言っているのは、松永太から暴力を受けていた。その強い影響下にあるけれども、松永と一緒に逃走生活を送るという道を選び、運命共同体の一員として、一緒に生きて行く、警察に捕まりたくない、逃走生活を守り抜くという利益獲得の目的で、松永太の意図するところをいち早く察知し、割り切りの早さという性格もあって、積極的に各犯行に加担した、というもの。それで、一連の犯行は緒方がいなかったらできなかったでしょ、というところも強調しています」
緒方弁護団はかつての取材で、控訴審において緒方は、松永によるDV(ドメスティックバイオレンス)被害者であることを強調し、彼の支配下にあった彼女は、「共同正犯」ではなく「間接正犯」であると主張したことを認めている。そうした緒方弁護団の控訴趣意書に対して、牧野氏が作成した答弁書は、その一部を認めつつ反論する。
「検察官としても緒方へのDVがあったことは否定しない。DVの被害者が悲惨な状況から逃げ出すことができない、警察に訴えることもできない、周辺の人に相談することもできないということも、よくわかっていますよ、と。じゃあ緒方の場合はどうなのかというと、逃げ出さないとか、適法なことができなかったというのではなくて、より強度な違法行為に次々と手を染めていった。そういう意味では、単なるDV被害の問題とは異質のものがある。松永自身は手を出していないわけだから、緒方がいないと(一連の殺人は)できなかったと、そう主張したわけです」