トラムとかLRTとか呼ぶよりも、市電と呼びたい。
アキ・カウリスマキの新作『枯れ葉』(23年)に出てくるヘルシンキの路面電車を見て、私はそう思った。
輪郭こそややモダンになったものの、緑とクリーム色に塗り分けられた車体は、『浮き雲』(96年)で眼に馴染んだあの市電と大差ない。
赤電車や青電車などという言葉も、つい思い出す。昔の終電には赤いランプが、最終一本前の電車には青いランプが灯されていたものだ。ヘルシンキの市電も、やはりそうだったのだろうか。
孤独で、無口で、笑顔も少ない女
『枯れ葉』の主人公アンサ(アルマ・ポウスティ)は、そんな市電に乗ってスーパーマーケットに通勤している。
職場は「蛍光灯の牢獄」を思わせる空間だ。赤い上っ張りを着たアンサは、賞味期限を確かめながら、無表情に棚の食品を入れ替えている。その様子を、小太りの警備員がじっと見つめている。監視する眼だ。
更衣室で水色のコートに着替えたアンサは、市電の停留所へ向かう。電車を降りたあとは、歩いて通り沿いのアパートへ帰宅し、鍵を開ける。家具は少ない。ダイヤルで選局する旧式のラジオが、ロシアのウクライナ侵攻を伝える(戦争の報道は、繰り返し画面から聞こえてくる)。
アンサの日常はこんな風にスケッチされる。中年に手の届きそうな齢で、質素なひとり暮らしをしている女。孤独で、無口で、笑顔も少ない。華やいだ雰囲気はない。