仕事中でも隠したウォトカを飲む男
画面が替わる。防塵マスクをかぶって工場で働くホラッパ(ユッシ・ヴァタネン)という男が映る。作業を終え、マスクを外したホラッパは「禁煙」と書かれたベンチに坐って煙草に火をつける。工場の寮に寝泊まりしている彼は、作業所に隠したウォトカをこっそり飲むこともあるようだ。
週末、友人のフオタリ(ヤンネ・フーティアイネン)に誘われて、ホラッパはカラオケに出かける。そこに居合わせたのが、やはり同僚に連れられてやってきたアンサだ。アンサとホラッパは、惹かれ合うように視線を交わす。ただ、言葉は交わさない。
ふたりが次に接近遭遇する場所は市電の停留所だ。このときのホラッパは酔いつぶれて、正体を失っている。話しかけても返事がないので、アンサはひとり市電に乗り込み、その場を去っていく。
遊び球を投げるから、カウリスマキは油断がならない
3度目の出会いで、ふたりはようやく言葉を交わす。期限切れの食品をホームレスに与えたアンサは、スーパーマーケットを解雇され、酒場の皿洗いをしている。そこの経営者がドラッグの密売で逮捕された現場に、店の客だったホラッパが偶然現れる。
コーヒーを飲んだあと、ふたりは映画館へ行く。ここでカウリスマキが笑わせてくれる。「あなたが選んで」と頼まれてホラッパの選んだ映画が『デッド・ドント・ダイ』(19年)だったのだ。
アダム・ドライヴァーが斧でゾンビの生首を斬り落とす場面を見れば、だれでも気づく。カウリスマキと実生活でも親しいジム・ジャームッシュの監督作だ。ふたりは、くすりともせずに画面に見入っている。
こういうところで遊び球を投げるから、カウリスマキは油断がならない。孤独で寡黙なふたつのハートがそっと相寄る繊細な作品、という話の本流を明示しつつ(実際、その側面は強いのだが)、不正投球すれすれの変化球を、観客の胸元に投じてくるのだ。