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 いや、まったく考えたことがないと言ったら嘘になる。施設に入ってもらったほうが、僕は楽になるかもしれない。そう思ったことも確かにあった。

 でも、カミさんは、どうなるのだろう?

 他の入居者から「大山のぶ代が来たぞ」とか「サインください」「ドラえもんの声やって!」などと見せ物にされ、騒がれるかもしれない。

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 そう考えると、介護施設に入れるとなればどうしても個室に入れざるを得ないだろう。だが、個室にすることで人と接する機会が減り、ペコに寂しい思いをさせてしまうかもしれない。一人でボーッとする時間が増えれば、もっと認知症が進んでしまう恐れだってある。

「あたし、ずっと、この家にいたいの」

 何より、カミさんは息子であるドラえもんたちに囲まれた、我が家が大好きだ。

 以前、「今後のことを考えて、バリアフリーのマンションに引っ越したほうがいいんじゃないのか?」と考えていた時期、カミさんがハッキリと口にした言葉があった。

「あたし、ずっと、この家にいたいの」

 こちらが呼びかけても、反応が乏しかったり、会話が通じないことだってたくさんあるのに、このときは僕の目を真っすぐ見て、ペコは確かにそう言った。

 だから、引っ越しをしたり、介護施設に預けるといった選択肢は、最終的には僕の思考回路からはまったくなくなっていた。この先、どんなに辛くても、彼女が一番安心できる我が家で、彼女を在宅介護していこうと心に決めたのだ。

 介護保険のサービスを活用することも考えなかったわけじゃない。だが、サービス利用の前には「認定調査」といって、自宅でカミさんの状態を見せる必要があるという。

 調査とはいえ、見ず知らずの人が突然家に来たら、ペコはパニックを起こしてしまわないだろうか。調査を無事に終えられたとしても、派遣してもらうヘルパーさんとそりが合わない可能性だってある。

 彼女を取り巻く環境を急に変えることで、認知症がもっと進んでしまったら……。そう思うと、最後は介護保険のサービス活用にも踏み切れなかった。

 また、カミさんの本当の病名を明かさず、周囲に嘘をつかなければならなないことも、僕のストレスの一因になっていた。

「大山さんは最近、どうしていますか?」

「あまり、お仕事されていないようですけど……」

「体調は大丈夫なんですか?」

 脳梗塞で倒れたこと自体はすでに公表していたため、予後を心配する知人に様子を尋ねられることもあったが、「ええ、まあ」とか「おかげさまで、なんとか……」など、あいまいな返事でかわすより他なかった。

 彼女が直腸ガンで入院したときも僕はあちこちに嘘をついていたが、それとは比べものにならないほど神経をすり減らした。