所詮は乳母、その現実が嫉妬の炎を燃え上がらせる
近藤 読んでいて、誰が印象に残ったかといったら、ぜったいに今参局でした。義政をめぐる日野富子との闘いがあからさまなのがまた、魅力的でした。
何よりも、罪人輿の中、胸中でつぶやく「私が、何をしたと。」という言葉。まだ「序」の場面なのですが、ここで、私はぞくぞくして、今参局という女性の情念を感じるとともに、激動のラストへの期待を膨らませました。彼女が政治に介入していた、というのは事実なのでしょうか。
奥山 そのようですね。これだけ将軍に気に入られると、それを利用しようとする人たちが出てくるのは、世の常です。一生懸命にお殿さまに仕えているだけのつもりが、陳情をきいたり、仲立ちをしたりしている間に、だんだんとそれが自分の権力になっていく。だけど、人間、知らぬ間に権力をもつほど怖いことってないでしょう?
近藤 「三魔」の一角だと京のあちこちに落書されるほどの存在に至る。彼女はその時、自分は昇りつめたと思ったのか、こんなつもりはなかったと思ったのか――。
奥山 そこはせめぎ合うと思います。
近藤 この落書の直後にいよいよ富子が輿入れしてくる。
奥山 大切に育て、長じては恋人でもあった義政。自分が手なずけた侍女たちが愛されるのはいいけれど、富子は自分とは格が違う上に、キャラクターもまったく違う。富子の登場で、今参局の立場は変化していくわけです。彼女にしてみれば、いちばん大事な男性を奪われて、怨念が膨らんでいくところだと思います。
近藤 輿入れしてきた富子と今参局がはじめて会うシーン。ここで、今参局は富子の「自分より優位に立つ者の存在など、毛筋ほども疑ったことのなさそうな笑い声」に嫉妬の炎が生まれてしまう。
奥山 今参局には、対抗心をもっていることすら悟られたくないという高いプライドが本当はあったのだろうと思います。自分は所詮、乳母だ、それはきちんと理解している、私は弁(わきま)えた女だ、という強い自制心と高い自尊心。
近藤 乳母は、所詮、ですか。
奥山 そこは仕方がないんです。家の格が違いますから。