17歳で上京、資生堂のCMでデビュー以来、第一線を走り続けている俳優の草刈正雄さん(71)。NHK大河ドラマ『真田丸』、朝ドラ『なつぞら』などへの出演を経て、俳優デビュー50周年を迎える。二枚目路線から抜け出せず、仕事が減った“氷河期”もあったという。大切にしている「あんたは顔がいいんだから、腕を上げないとダメ。いずれいなくなっちゃうわよ」という大物女優の言葉、俳優を続ける難しさや葛藤について最後に伺った。(全3回の3回目/#1から読む)
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二枚目だなんて言われて、そのぶん落ちるのも早かった
――現在、草刈さんは71歳。来年で本格的な俳優デビューから50周年とのことですが。
草刈正雄(以下、草刈) そうなんです。17歳でモデルになったのも数えると、1970年にこの世界に入ってから、もう53年になりますね。
――ずーっと、第一線に立っておられるイメージが。
草刈 ラッキーだったと思います。本当に。
――でも、二枚目路線がコンプレックスになっていた時期があったり、30代半ばから十数年は仕事の減少に悩んでいたと。
草刈 そうですね。30代半ばからというのが、仕事がうまくいっていなかった時期。氷河期ですよ。二枚目だなんて言われて若い時にバーンと出ることができましたけど、そのぶん落ちるのも早かった。まず、映画の仕事がガクッと減っていきました。ドラマに出られても、今度は主役のオファーがなくなる。脇役ばかりになるんです。いまでこそ、脇役も主役も関係なく俳優をやらせてもらっていますけど、それまで主役ばかりだったからこたえましたよね。カメラが自分をフォーカスしているのが当然だったのに、通り過ぎて主演の俳優にズームしているのがわかるのは、寂しかった(笑)。
――どうやって、氷河期を抜け出したのでしょう。
草刈 まず、俳優という仕事について深く考えるようになったんです。それは沢村貞子さんのおかげですね。20代の終わりに『日本巌窟王』(1979年・NHK)というドラマで、沢村さんと共演したんです。そこで「あんたは顔がいいんだから、とにかく腕を上げないとダメ。人の2倍も3倍もがんばらないと。そうしないと、いずれいなくなっちゃうわよ」と言われて。当時はピンと来ていなかったんですけど、その言葉はなぜか頭に残っていたんですよ。
言われたことを自分なりに考えるようになって、30代に入ってようやく「ルックスだけじゃ、やっていけない。演技力も磨かないと」と悟りましたね。沢村さんの言葉は、いまも常に頭にあります。あと、舞台に出るようになったのも大きかったですね。