昭和の時代に起きた怪事件を取り上げた漫画『昭和怪事件案内』が刊行され、話題になっている。世紀の大誤報と呼ばれる「光文事件」を皮切りに、「阿部定」「津山30人殺し」など戦前の猟奇事件、「帝銀」「下山」など占領期の難事件、「三億円」「グリコ・森永」などの未解決事件、「口裂け女」「エリマキトカゲブーム」といった珍事件まで、昭和の怪事件30を年代順にたどったコミック事件簿だ。
筆者は『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの漫画で読む。』シリーズのドリヤス工場さん。執筆の動機や読み所について、お聞きした。
【マンガ】「昭和怪事件案内」第1話から読む
「作家」を「怪事件」に置き換えた
──「怪事件」をテーマに描こうと思ったきっかけは?
ドリヤス 3年ほど前に『文豪春秋』を刊行しました。これは明治、大正、昭和を代表する作家たちの秘話や文壇事情を紹介する漫画ですが、文豪ならではのエピソードの陰に、その時々の時代背景や世相があることに気づきました。『文豪春秋』の背景で起きた出来事を、次は中心にすえて描いたら面白いんじゃないか、と。いわば、「作家」を「怪事件」に置き換えたわけです。
──「昭和」という時代を選んだ理由は?
ドリヤス 昭和と一口で言っても60年以上もあるわけで、最初と最後では世の中もだいぶ変わってきている。事件を追うことで、昭和という時代の変化が見えてくれば面白いんじゃないか、と思ったんです。掲載の順番が年代順になっているのは、そういう狙いもあります。
──絵柄から、水木しげるの代表作の一つである『昭和史』を連想してしまいますが……。
ドリヤス どうしても比較はされてしまうでしょうから、内容がかぶらないようには配慮しました。同じ事件を扱う場合でも、同じような表現は止めておこう、と。『昭和史』はねずみ男が世相を論じる体裁でしたが、こちらは事件のあらましを解説するスタイルなので、作者の主観は極力、はさまないようにしたつもりです。
──30の怪事件は、どのような基準で選んだのでしょうか?
ドリヤス 事件の背景に歴史的な出来事があるかどうか、が一つのポイントです。昭和初期は戦争、戦後は高度成長があった。そういう時代背景を特徴とした事件は結構あって、たとえば「下山」はGHQの占領下だからこそ起きた事件。事件を並べるだけで、昭和史が浮かび上がってくる。そんな基準で選びました。
──猟奇的な事件も取り上げています。
ドリヤス 昭和の怪事件といえば、真っ先に出てくるのが「阿部定」と「津山三十人殺し」。エログロという言葉に代表されるように、やはり人々の心に残るのは殺人やスキャンダルなんですね。あとは「三億円」や「グリコ・森永」のように世間の耳目を集めた未解決事件。昭和も後半になると、実際に覚えている人も多いと思います。
──怪事件は個人的に興味があったんですか?
ドリヤス 時々、本で読むくらいで、詳しかったわけではないです。この連載をきっかけに、改めて振り返った事件が多かったですね。そういう意味では、『有名すぎる文学作品をだいたい10ページくらいの~』シリーズに近いかもしれません。タイトルは知っているけど、具体的にはどんな作品か知らない人向けに内容をダイジェストにして紹介する漫画ですが、その事件版。名前は聞いていても、どういう事件か知らない人は多い。「阿部定」は男の局部を切り取るという行為は有名ですが、犯行前後の事情はほとんど知られていないと思います。