インタビュアーを30年以上続けている阿川佐和子さんが贈る、とっておきのコミュニケーション術とは——。2012年の刊行後、230万部を超えるベストセラーとなった『聞く力』に続くシリーズ最新刊、『話す力』(文春新書)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の1回目/続きを読む)
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天晴れだった橋本龍太郎夫人
インタビューをしたあと、反省することがあります。ちょっと相手に対して前のめりになりすぎたな。あるいは、緊張して遠慮しすぎたかな。
要するに自分は相手とのほどよい距離感を保つことができなかったという心残りが生じるのです。
会話をする相手との距離感をつかむのは、きわめて難しい。
もちろん、初対面の人が相手でも、会話を始めた早々に、「これくらいかな?」と上手に距離感をつかめることもあります。ときどきトークショーなどの場で、終わったあと第三者の方から、
「アガワさん、今日、トークをした人とは初対面なのですよね? まるで昔からお知り合いだったかのように話されていましたね」
と、驚かれることがあります。
そうかな。そんなに馴染んでいたかしら。
自分としてはほとんど自覚がないのですが、思い返してみると、けっこう図々しい話し方をしていたような気もします。でもそれは、だいたいお相手の発信する言葉や内容や、あるいは態度やくつろぎ方を見ているうちに、自然に距離が近づいていったのだと思われます。ああ、この人なら少し打ち解けた言葉遣いをしても大丈夫かな? 失礼にならないかも、と直感するのです。たとえば、橋本龍太郎元総理夫人にお会いしたときのこと。
当時、橋本龍太郎氏は、まだ総理ではなく、ちょうど自民党総裁になられた直後のことでした。まずはお祝いのひと言をと思い、
「おめでとうございます。いよいよ総裁夫人ですね」
そう申し上げると、橋本久美子夫人ったら、
「ありがとうございます。でも私、総裁夫人とか大臣夫人なんて立場、とても合わないんですよ。だから、奥さんが二人いればいいのにって思ったりするの。総裁夫人として公式の場に出ていく用と、地元で選挙やる用と」
なんという大胆なご返答。驚いて、
「つまり第二夫人がいたほうがいいと? それは問題発言ですぞ」
そう返すと、
「問題発言だけど、私は地元(岡山)にいるほうが好き」
明るくきっぱりおっしゃったのです。
しかしその頃、奇しくも橋本氏の女性スキャンダルが週刊誌に載って話題になっておりました。インタビュアーの私はその件について、聞かねばならぬ使命を負っていたのです。でも、もしその噂が本当だとしたら、夫人が最大の被害者です。その被害者に向けて、「ご主人の浮気問題については?」なんて聞けるわけがない。わけがないけれど、聞かねばならぬ。