インタビュアーを30年以上続けている阿川佐和子さんが贈る、とっておきのコミュニケーション術とは——。2012年の刊行後、230万部を超えるベストセラーとなった『聞く力』に続くシリーズ最新刊、『話す力』(文春新書)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の3回目/最初から読む

阿川佐和子さん ©文藝春秋

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一人の外食が怖い

 見知らぬ人と気軽に会話ができるようになりたい。そう断言した私でありますが、実は一人で外食をするのが苦手です。もはや人見知りしている歳でもないのですが、どうも一人で飲食店に入ろうとすると、ひどく緊張してしまいます。

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 だいぶ昔のことですが、昼間にどうしてもお腹がすいて倒れそうになったので、苦手と思いつつ思い切ってラーメン屋さんの暖簾をくぐりました。

「っらっしゃい!」

 威勢のいい声で出迎えられ、客の誰も振り向いたわけではないけれど、なんとなく見られているような気がして、及び腰でようやくテーブルに腰を下ろしました。

「ご注文は?」

 元気な店員さんが近づいてきて、私に声をかけてくれます。早く決めなきゃ。早く早く。店の壁にかけられたメニューに目を向けます。そして決心し、店員さんに告げました。

「ショーチュー」

 一瞬、店員さんに顔を覗かれて、ちょっとの間ののち、気づきました。

「あ、間違えました。チャーシュー麺」

 たちまち顔が火照り出し、そこにいること自体がつらくなり、そのあとのことはよく覚えておりません。まあ、無事にチャーシュー麺を食べて店をあとにしたとは思いますが、あのときは恥ずかしかった。

 その事件以来、ますます一人外食が怖くなりました。なにが苦手と言って、注文を間違えるのはいっときの恥ですから仕方がありませんけれど、テーブルやカウンターに一人で座って、黙って一人で食事をすると、余計な自意識が働くのでしょう。

 周囲から見られているのではないかと気になって顔を上げにくくなったり、料理を待つ間、どう暇をつぶしたらいいかわからなくなったり、食べている最中も、一人で「おいしいね。うん、おいしいおいしい」と自分に語りかけるわけにもいかないと思ったり。そんなことを考えていると、料理を楽しむ余裕が失せて、さっさと食べて、さっさと店を出たくなってしまうのです。

 そんなとき、近くのお客さんと自然に会話をしてみたり、店の店員さんや、もしカウンターに座ったならば、カウンターの中にいる店の大将やスタッフと言葉を交わしてみたりとか、すればいいものを、ねえ。