インタビュアーを30年以上続けている阿川佐和子さんが贈る、とっておきのコミュニケーション術とは——。2012年の刊行後、230万部を超えるベストセラーとなった『聞く力』に続くシリーズ最新刊、『話す力』(文春新書)より一部を抜粋して紹介する。(全3回の1回目/続きを読む

阿川佐和子さん ©文藝春秋

◆◆◆

「おっしゃる通り」でご機嫌に

 昔々、父(作家の阿川弘之)とイタリアを旅行したときに、現地駐在の方が迎えてくださいました。空港のお迎えからホテルのチェックインに至るまで、それは見事にアテンドして、さあ、街に出て晩ご飯を食べようという段になったら、ご自身の運転する車で私たち親子を乗せておいしいレストランへご案内くださいました。その道すがら、父はかつて訪れたことのあるその街の思い出話などを語りつつ、

ADVERTISEMENT

「ここの路地を入ったところに、うまいスパゲッティを食わす店があったんだけど、なんて名前のレストランだったかなあ」

 独り言のように言い出しました。すると、

「ありました、ありました。おっしゃる通り、スパゲッティのうまい店でした。まだあると思います。名前は……ええと、あとで調べておきます」

 間髪を容れず、父の話に同調なさる。またしばらく行って、

「ほほお、ここらへんは雰囲気が少し変わりましたかねえ」

 父がそう言うと、

「おっしゃる通りです。だいぶ変わりました」

 案内役のその方は、たくみに父の気持を汲み取って、共感してくださいます。おかげで父は大満足。上機嫌でその街を後にすることができました。

 娘の私は反省し、その後、「おっしゃる通り」君を真似することにしました。なにしろ、父が何かを言い出すと、私が「えー?」とか「そっちですか?」とか「今すぐ?」とか、いちいち反論したり怪訝な顔をしたりするものだから、父はだんだんイライラしつつあったところです。そうか、とりあえず全部、肯定する。それも謙虚に明るく! 旅先で父に勘当されても困りますからね。

阿川弘之さん ©文藝春秋

 心の中とは裏腹なことも多々ありましたが、私は実行してみました。

「おい、今夜は中華を食いに行くか?」

 すると私はすかさず、

「おっしゃる通り。中華料理がいいですね」

 父が、

「今日は天気が悪いなあ」

「おっしゃる通り」

「○○さんへの土産はどうするかなあ。絵葉書ってわけにもいかんしなあ」

「おっしゃる通り、おっしゃる通りです」

 なにを言われても「おっしゃる通り」で通していたら、そのうち父は、

「お前、俺を茶化しているのか。いい加減にしろ」

 不機嫌になってしまいました。おっしゃる通りにしていたのに……。

 父娘の関係だと近すぎてうまくいかなかったのかもしれませんが、他人同士の場合、「同意」や「共感」をしてもらうとグッと会話のモチベーションが上がりますよね。