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72歳のおばあちゃんが血まみれの銃撃戦を…「本当の解決にはならない」映画の中の“暴力”に抱く葛藤

マルティカ・ラミレス・エスコバル(映画監督)――クローズアップ

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 フィリピン出身の新鋭監督、マルティカ・ラミレス・エスコバルさんによる長編デビュー作『レオノールの脳内ヒプナゴジア』。思いがけないきっかけで、自分が脚本を書いている映画の中に迷い込んでしまう元映画監督が主人公のメタ・コメディだ。

 これだけでも十分不思議なストーリーなのに、その元監督とは72歳のおばあちゃん・レオノールで、迷い込むのは、血まみれの銃撃戦に乱闘シーン満載、さらにメロドラマもありのアクション映画。その中で身を潜めつつ物語の進行を見守るレオノールのコミカルな動きにほっこり。そして現実世界では寝たきりで半覚醒(ヒプナゴジア)状態の彼女を目覚めさせようと奔走する息子の真剣な姿にホロリ。さらに体が半透明な謎の青年の正体(つまり幽霊)に驚かされ、カラフルなかたつむりに目を奪われる――のだから、本作の奇想天外ぶりは半端ではない。

マルティカ・ラミレス・エスコバル監督

 エスコバルさんは、21歳の時に本作を着想。それから25回もの改稿、自家用車売却に至る資金調達、4パターンのエンディングのトライアルなどを経て、ようやく完成。実に8年を要した。

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「さまざまな困難がありましたが、作品づくりの情熱のほうが常に上回っていました。最も苦労したのは脚本執筆です。いくつもの脚本ワークショップに通い、著名な先生がたの指導を受け……。この作品に携わるスタッフ全員に、私がやりたいことが明確に伝わる脚本を書き上げるのは、本当に難しいことでした」

 豊かな想像力と物語への信頼、映画愛。監督のそれは、作中のレオノールにも共通する。モデルは自身の祖母だという。

「フィリピンの暗い時代を生きた苦労人。でも、いつも笑顔で愛情深く、ポジティブ。多大な影響を受けています」

 その祖母が生き、レオノールが映画監督として一世を風靡した1970~90年代当時、フィリピンでは、映画といえばアクションが主流だった。独裁政権下で苦しい生活を強いられていた人々は、強いヒーローが悪党を倒し、弱者を救う物語を特に好んだのだ。

2022年/フィリピン/99分/フィリピン語
シアター・イメージフォーラムほかで順次公開

「私は、そういった往年の名画を楽しむ一方で、アクション映画の中の“暴力”には、抵抗を覚えるようになっていったんです。暴力に暴力で対抗しても、本当の解決にはならないはずですから」

 だからこそレオノールは葛藤する。一度は自分が書いたセリフにト書き。でも、本当にこれでよかったのか。時に涙を流しながら筆を進める。そして意外すぎるラストへ――。

「彼女なりに、暴力以外の解決策を探して世界を変えたいと思っている。それを表現したいと思いました。現実世界でも、暴力は、いつでもどこでも起きています。でも、そのリアクションによって世界は変わる。私はそう信じています」

Martika Ramirez Escobar/1992年フィリピン、マニラ生まれ。大学の卒業制作『Stone Heart』(2014)でフィリピン最大の独立系映画祭「シネマラヤ」の最優秀短編賞を受賞。また『Quadrilaterals』(17)はDMZ国際ドキュメンタリー映画祭でプレミア上映された。本作で長編映画監督デビュー、2022年のサンダンス映画祭審査員特別賞を受賞している。

INFORMATION

映画『レオノールの脳内ヒプナゴジア』(1月13日公開)
https://movie.foggycinema.com/leonor/

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