キヤノングローバル戦略研究所主任研究員の峯村健司氏が、中国人民解放軍に関する研究成果をもとに、もっとも新しく、現実的な「台湾併合シナリオ」を読み解いた。ロシアによるウクライナ侵攻が泥沼化している教訓から、中国は「斬首作戦」ではなく、よりリスクの低い方法を選ぶ可能性が高まっているという。
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3年で状況は大きく変わった
筆者が「台湾有事」に関する論考を最初に出したのは、2020年夏(「習近平の『台湾併合』極秘シナリオ 日本は確実に巻き込まれる」月刊「文藝春秋」2020年8月号)。
独自取材に基づく記事の反響は大きく、朝の情報番組で1時間ほどシナリオを解説した。中国人民解放軍がサイバー攻撃やミサイル攻撃で台湾軍の施設やインフラを破壊したうえで上陸を図り、台湾内に事前に潜入している特殊部隊が台湾軍の内通者と連携して主要閣僚らを拘束、もしくは暗殺する「斬首作戦」によって台湾を併合する、というシナリオだった。
これに対して、「むやみに危機を煽っている」「習近平は失敗のリスクを恐れて実行しない」などと一部の専門家から批判された。政府内で講演する際にも、担当者から「『台湾有事』という言葉は使わないでいただきたい」と注意された。
それからわずか3年あまりで状況は大きく変わった。専門家やメディアも、中国による台湾への軍事侵攻の可能性を積極的に指摘するようになったのだ。いまや日本政府だけではなく、シンクタンクやコンサルティング会社が、有事を想定したシミュレーションや危機管理のシナリオを策定している。
だが、いずれのシナリオにも違和感を覚えざるを得ない。
筆者は20年近く中国人民解放軍を取材、研究してきた。軍事演習の視察はもちろん、軍の内部文書を含めた膨大な関連資料の読み込みも行なってきた。こうした観点から見ると、巷で語られている「シナリオ」は、いずれも根拠が薄いと感じるのだ。
とくに違和感を覚えるのが、自衛隊内や一部の有識者が描く「中国軍が台湾侵攻と同時に尖閣諸島(沖縄県石垣市)を攻撃する」というシナリオだ。このシナリオについては、可能性は極めて低いと断言できる。
台湾併合における中国の戦略目標を考えてみよう。
「有事の際に米軍を介入させないこと」こそ、最重要の戦略目標だ。仮に中国軍が台湾侵攻の際に尖閣に手を出せば、日米安全保障条約に基づいて米軍が参戦しやすくなり、さらには自衛隊の介入すら招く事態となり、中国はみずからを不利な状況に置くことになる。