そもそも筆者は、台湾と日本への「同時侵攻」を示唆するような中国軍の文書や演習をこれまで見たことがない。
こうした根拠が乏しいシナリオを元にして、いくら危機対応策を準備しても無意味だ。それどころか有害ですらある。ずさんなシナリオを公表することで、日本の情報収集能力や防衛体制の脆さを対外的にさらけ出すことになり、ひいては抑止力の低下につながるからだ。
ウクライナ戦争の教訓
「台湾併合シナリオ」を考えるうえで、もう一つ重要な要素がある。2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻だ。
侵攻当初、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンは、ウクライナへの侵攻作戦を一気呵成に展開し、ボロディミル・ゼレンスキー大統領ら首脳陣を暗殺する「斬首作戦」を検討していたようだ。米政府当局者の試算では、ロシア軍は侵攻直前、約10日間の兵糧しか準備していなかった。これはロシアが短期決戦を想定していた証左といえる。
だが、米国や英国などがキーウに派遣した特殊部隊がゼレンスキーらの身辺を警備し、ロシア軍に関するインテリジェンスをウクライナ側に提供したことが奏功し、プーチンの当初の計画は失敗に終わり、戦争は泥沼化している。
こうした事態の推移を誰よりも注視しているのは誰か。プーチンと40回以上の会談を重ねてきた習近平国家主席だろう。
中国政府当局者によると、中国は外交部門だけでなく、軍、情報機関など数万人規模でウクライナ戦争の状況分析を進めている。
こうした分析を踏まえて、中国当局は、台湾併合の戦術の見直しに着手したようだ。その結果として、筆者が2020年に紹介したようなシナリオ(斬首作戦)ではなく、よりリスクの低い方法を選ぶ可能性が高まっている。